志士経営者倶楽部 活動報告

志士経営者倶楽部ロゴ

志士経営者倶楽部は、国を経営する!という理念で行動する団体です。

活動報告 ひとりひとりが未来をつくる
第1次東日本被災地支援のご報告
2011年3月25日
東日本大震災被災地に支援物資を届けてまいりました。3月25日朝、東京を出発し、午後3時過ぎに福島西インターを経由して相馬市に向かいました。

1.届けた物資

届けた先は福島県相馬市へ肌着類約1700枚。相馬郡新地町へ菓子類と子供用おもちゃ、ゲームなど。宮城県山元町へ肌着類約4000枚、粉ミルク10缶、オムツ一箱、
お尻拭き10000枚、女性用品一箱、などです。

当地は平年より寒さが厳しい天候で途中吹雪に見舞われましたが、無事到着しました。

2.現地の様子
支援物資は世界各地から寄せられていますが、地域によって偏りがあるらしく、相互に融通しているようでした。

被災直後から食料、水が第一に送られ、現在も食料水類はとりあえず足りているようですが、避難暮らしがいつまで続くか見当もつかず、将来再び不足する危険性もあります。
 肌着は本当に喜んでくれました。
避難所で話を聞くことができた人たちも口々に「着替えがしたい」と言っていました。
私たちが「肌着を持ってきましたよ」といったらとても嬉しそうでした。また、避難所の子供たちに直接菓子やゲームなどを渡したときの子供たちの喜びようはありませんでした。
群がるように集まって、早速家族でトランプなどで遊び始めていました。
足りないものは、着替えの洋服、靴、子供の遊ぶもの、菓子類の要望がありました。

被災民は異口同音に、支援に対して感謝も言葉を述べてくれ、健気に災害と立ち向かっているように見受けられましたが、言葉の端々に、ストレスを感じました。
(ちょっとしたことで怒鳴り声を上げたり、卑屈な態度をとったり)

役場、市役所の人々は泊まりこんで復旧活動に当たっていました。
早朝から職員が出勤し、警察、消防、自衛隊が集結し、7:30にはそれぞれ出動していきました。担当区域を細分し、効率よく捜索活動ができるよう、任務分担がなされていました。
役場の人々は被災地の復興にいったい何年かかるのだろうか、と将来に対する不安を持っていました。



3.被災の状況
津波被害は、海岸線からおよそ1km〜3kmにまで及んでいます。
津波の高さは、高さ6mはあろうかという路肩を高くした道路をも乗り越えて内陸に至っていました。現認した家屋でも地上から高さ2m辺りに泥の線が残っており、その高さの海水が流れ込んできたことが分かりました。
私たちの調査活動中にも、2体の遺体発見に遭遇しました。

電気、ガス、水道はだいぶ復旧が進んでいます。東北電力、町のガスやさん、市役所の水道局の懸命の復旧活動の賜物です。
また道路は、自衛隊が重機を使って路上の瓦礫をいち早く撤去してくれ、人々の往来、物資の配給、被災地復旧活動などの効率性が非常に高くなっていました。

津波に浸食された田園の広さは、一体どれほどになるのか見当がつかないほどです。また、海水に浸かった土地が再生するのに何年かかるのかも皆目見当がつきません。
町の商店はもちろん、大規模小売店舗、大企業の工場、地場の製造業、すべての生産施設が流されました。残った機材も使い物になるかどうか。
特に農業の被害と原状回復には相当のエネルギーが必要だと感じました。
懸念したのは、この被災を機に、仕事をやめてしまうとか、移転してしまうとか、町の経済自体が収縮してしまうのではないかという点です。

4.復旧への展望
被害地域を60km2、一日辺りの捜索面積を2hとすると、実に300日かかる計算になります。
今後効率性が高まり、救済の終わった地域から新たに人材が投入されるとしても最低でも半年はかかるのではないかとると思われます。

いつまでも体育館の避難生活というわけにも行かず、仮設住宅建設の計画が進んでいますが、全避難民が入居できるだけの住宅を用意できそうもありません。一つには落Zの問題、一つには設備量の問題です。そして、避難所に入ることを遠慮して、崩れかけた自宅で日そりと暮らしている老人が少なくないことも遠因の一つでしょう。

寸断されたライフラインの復旧、家屋の再建、生業の建て直し、復興までまだまだ長い道のりです。

☆被災地で面談し、お世話になった人々☆
相馬市長 立谷秀清様
相馬市役所企画政策部 阿部勝弘様
前衆議院議員 亀岡偉民様
亀岡偉民事務所 小島良太様
山元町長 斉藤俊夫様
山元町役場総務班長 菅野寛俊様
衆議院議員橋本清仁様
橋本清仁事務所秘書 武田暁様
橋本清仁後援会会長 星新一様


当地での面談内容については別途ご報告いたします。

補足 原発について
帰途、敢えて原発避難地域を通過して帰京致しました。当地の様子を少しでも知るためです。基幹道路の国道6号線は、地震による寸断もあり、ほとんどが普通状態のため沿岸部から約5kmの県道35号線を南下。約50kmを走行しましたが、途中遭遇した自動車はわずか10台。人は3人でした。
地域全体がゴーストタウンでした。
しかし幸か不幸か、途中道を誤り、行き止まりの道に入ったしまったらそこには人が!避難勧告に応じず、ひっそりと家の中で暮らしている人々もいることを知りました。

志士経営者倶楽部 佐々木俊夫

今回の模様は「みんなでTV」にアップしておりますので、ぜひご覧ください。

みんなでTVhttp://www.youtube.com/user/minnadetv
第4回ビジネス交流会のご報告
2011年03月10日
於 一番町いきいきプラザ・カスケードホール

第4回ビジネス交流会が開催されました。
このエントリーをはてなブックマークに追加
top