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本土決戦を回避した昭和天皇の「御聖断」
本土決戦を回避した昭和天皇の「御聖断」


 暑い8月が巡ってくると、先の大戦で日本が敗れたことを思い出す。

 私は国民(小)学校3年生だった。疎開先の長野県で8月15日を迎えた。母が泣きながら、「負けたのよ。頑張って、日本をもう一度、立派な国にしてね」といったので驚いたが、敗戦の意味を理解できなかった。

 私は大学時代から売文によって、収入を得るようになった。敗戦後も、両親から日本が世界一の国であることを教えられたから、軍国少年の誇りを失うことなく育った。

 私はあの戦争になぜ敗れたのか関心をもって、大戦中に政府、軍の中枢にあった人々をたずねて、回想してもらった。終戦時に大本営参謀だった稲葉正夫中佐が、「本土決戦を戦わなかったから、日本がこのように堕落した」と憤ったのを、忘れられない。

 私は37歳だったが、昭和49(1974)年から翌年にかけて、『週刊新潮』に昭和20年元日から、マッカーサー解任までを取材したノンフィクションを、50週にわたって連載した。

 終戦の御聖断が下った、8月9日深夜から未明にかけた、御前会議について書いた時には、目頭に涙がこみあげた。

 深夜の御前会議では、東郷外相、阿南陸相、平沼枢密院議長、米内海相、梅津参謀総長、豊田軍令部総長の順で、意見を開陳した。東郷、平沼、米内がポツダム宣言受諾を、3人の将官が焦土決戦を主張した。

 鈴木老首相が意見が3対3に分かれたことから、「まことに畏れ多いことではございますが、ここで天皇陛下の思召しをおうかがいして、会議の結論といたしたく存じます」といった。御聖断が下ると、陛下をはじめ列席した全員が、とめどなく溢れる涙を拭った。

 この5月に、JR東海の葛西敬之会長が産経新聞に、「原爆が投下されてなお、阿南惟幾陸相は本土決戦に固執した。自らが敗戦の説明責任を負うのを避けるためだった。最後に無条件降伏を決定したのは昭和天皇の聖断であり、彼は自らの果たすべき説明責任を天皇に押し付けた」と、寄稿されていた。

 私は日頃から葛西会長の高見に敬服しているが、もし、あの夜の廟議(びょうぎ)が3対3に割れずに、ポツダム宣言を受諾することが決まったとしたら、御聖断が下されることがなく、陸軍が反乱して本土決戦がたたかわれたにちがいない。今日の日本がなかったはずである。

 あの夜の廟議が3対3となったことは、天祐だったとしかいえない。

 マッカーサーが回想録に、「一つの国、一つの国民が終戦時の日本人ほど徹底的に屈服したことは、歴史上に前例をみない」と、驚愕している。

 昭和20年8月までの日本には、「聖なるもの」があった。だからこそ、「一億総玉砕」を呼号していた軍も、鉾をおさめた。

 中国が傍若無人に振る舞うようになったのに対して、国防力の強化が求められるようになっている。憲法改正の声が高まっている。

 だが、今日の日本から、どこを探しても、「聖なるもの」がなくなってしまった。アメリカや、イギリスをはじめとする諸国には、アメリカの建国精神や、イギリス王室といったように、そのために国民が生命を捧げる「聖なるもの」がある。

 日本はアメリカの占領政策によって、聖なるものをいっさい否定して、今日まで至っている。それで、国を守れるものだろうか。 

 
【加瀬コラム】幕末・明治の日本外交
幕末・明治の日本外交


 1 はじめに

 これから幕末から明治にかけての日本の外交というテーマについてお話しします。先ほどの江戸時代の続きのようなお話になるのかもしれません。

 今年の5月27日、中曽根康弘元総理が95歳になられました。中曽根元総理は、毎年、親しい人を20人くらい呼んでお誕生祝いの昼食会を行われます。私は昨年は地方に行っていて参加できなかったのですが、今年は2年ぶりに参加させていただきました。31年前、中曽根内閣が発足しましたときに、当時45歳だった私は、首相特別顧問という肩書きを頂戴して対米折衝にあたりました。私は中曽根元総理の右側に座らされました。


 中曽根総理が立ち上がり、みなさんに挨拶をされました。内容が素晴らしいものでした。
「お国の御恩と、みなさんの情(なさけ)によって、今日を迎えることができました。」とおっしゃられました。

 いまの日本の政治家で、「お国」や「御恩」という言葉を使う人が、今日、おみえの中山成彬先生を除いては、いなくなってしまったのではないかと思います。「みなさんのなさけによって」という言葉は、これは「世間様のおかげで」というのと同じ意味ですが、そういう言葉を使う人も、あまりいなくなってしまったように思います。中曽根元総理のお言葉を聞いて私は、「さすがは95歳だけのことはあるな」と思いました。


 そのあと、ひとり1人が立ち上がって、5分間ずつお祝いを申し上げることになりました。このとき、お巡りさん出身の平沢勝栄(ひらさわかつえい)先生が立ち上がり、おもしろいお話をされました。

 「自分は岡山県の県警本部長のときに、はじめて中曽根先生にお会いしました。しばらく前に、徳之島に行きました。徳之島には泉竹千代さんをはじめ、110歳くらいのご老人が数多くおいでになります。

 そこで村長さんに、『この島にはご長寿の人が多いけれど、どんな秘訣があるのですか?』と問いました。すると村長さんは、『それは風呂にはいることです』と答えました。

そこで私が、『この島のお風呂は、何か効能があるのですか?』と伺いましたところ、村長さんが、『風呂長寿(不老長寿)と言うでしょ』、と」・・・(笑)

 中曽根元総理は、2時間の間出て来る懐石料理を残さずたいらげられました。シャンペングラス2杯を飲み干され、最後に立ち上がって、6分ほど、お礼のご挨拶をなさいました。

 「私の歳になりますと、親しかった人たちがほとんど、途中下車してしまいました。人生は修行です。これからも修行を続けて行きますから、みなさん、これかもいろいろ教えて下さい。ありがとうございました。」


 故人というよりも、「途中下車」のほうが良いですね。人生を「修行だ。これからも教えて下さい」とおっしゃられました。95歳の大先輩にお教えすることなどありはしません。そういう言葉の中に、古くからある日本人の本来の生き方というか姿勢を見ることができました。



 2 黒船がやってきた

 1852年に、ペリーの艦隊が浦賀沖に現れました。このとき幕府はたいへん狼狽(ろうばい)しました。いま箱根の芦ノ湖の上の方に、昔の東海道が当時のままの姿で残っています。けれど道幅は2メートルもありません。


 実は、日本中どこでもそうでしたが、昔は物資を運ぶのに、牛車や馬車を使うことは、ほとんどありませんでした。ではどうやったのかというと、船を使って、海や川から荷物を運んでいたのです。

 ということは、江戸湾(東京湾)にペリーの艦隊に居座られてしまうと、100万人以上いる江戸市民が飢えてしまうということを意味します。しかもペリーは、開国要求に応じなければ江戸の町を焼き払うとまで脅してきたのです。日本は屈服せざるを得なかったわけです。


 それでも日本は、たいへんな交渉努力を稔らせています。はじめにペリーがきたときには、回答に猶予がほしいともう仕向けて、ペリーに1年間の猶予をとりつけているのです。

 その1年間の間に、当時の徳川幕府が築いたのが、東京のお台場です。

 いまそのお台場には、「レインボー・ブリッジ」が架かっています。私は、お台場に架かる橋に、どうしてあのようなカタカナの名前を付けたのか、身が縮むほど恥ずかしいと思います。


 「お台場」は、ペリーが再びやってくる日に備えて、江戸の町の防衛のために、海を埋め立てた海上砲台として、およそ8ヶ月で築いた施設です。

 埋め立てに用いる土は、高輪の八ツ山や御殿山を切り崩して調達したのですが、ブルドーザーなどない時代です。その時代に、人々がモッコを担いで、あの島を築いたのです。それは、たいへんな労力だったことと思います。私はお台場をみると、先人達が、私たちの国を守るために、どれほどの苦労をしたのかを偲(しの)びます。


 2度目にやってきたペリーは、お台場を警戒して、その手前にある浦賀に上陸しました。江戸の町は、守られたのです。

 浦賀でのペリーについて、私はたまたまアメリカを訪れたときに、古い銅板の版画を見つけました。版画には、片側にペリーたち一行が座り、反対側に幕府の一行が椅子に座っています。

 安かったので買ってきたのですが、実は、この交渉のとき、日本には「椅子」というものがなかったのです。


 幕府は、神奈川の役人に命じて、神奈川中のお寺から、坊さんがお経を唱えるときに腰掛ける曲録(きょくろく)を集めさせてきました。そして日本側が立派な曲録に座り、粗末な方に、アメリカ側を座らせました。私には、坊さんが座る曲録に徳川方の代表が座った姿が、徳川幕府体制を葬る法要のような気がしました。結局は向こうの無法な要求を全てきかなければならなかったからです。

 こうして日本は、安政5(1858)年に、アメリカによっ
て強いられて「日米修好友好条約」に調印しました。


 条約に調印すると、すぐに、イギリス、フランス、ドイ
ツ、オランダ、ロシアが、うちの国とも結びなさいといってきました。これらは安政5カ国条約として知られています。

 この「日米修好友好条約」は、友好などいう言葉を使っていますが、とんでもない不平等条約です。たとえば、関税についての決定権を日本は持たず、白人が持っている。白人たちが日本でどんなに悪い事をしようが、罪を犯そうが、日本に裁判権はない。さらに横浜などの開港した港には、これら諸国の軍隊が駐留するというのです。とんでもない条約だったわけです。


 「日米修好友好条約」の調印は、ポーハタン号という東京湾に浮かんだアメリカの軍艦の上で行われました。そしてこのポーハタン号に乗って、幕府の遣米使節団が米国に渡りました。

 このとき日本人がはじめて日本人だけで操艦する軍艦をポーハタン号に付いていかせました。

 それが幕府の「咸臨丸(かんりんまる)」という、三本マストの軍艦です。

 この艦長が、勝海舟でした。遣米使節団の団長は正使が新見正興(しんみまさおき)、副使が村垣範正(むらがきのりまさ)という、ともに幕府の外国奉行でした。


 咸臨丸には、軍艦奉行だった木村芥舟(きむらかいしゅう)が航海の総責任者として乗り込み、艦長に勝海舟、木村の従者として福沢諭吉が乗っていました。

 そして日本人だけの手で帆船を操って、見事に太平洋を横断しました。



 3 槍と刀

 この遣米使節団がアメリカに渡っている間に、井伊直弼(いいなおすけ)が幕府の大老となりました。そして日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)に、攘夷論を無視して、強引に調印をしました。このことから井伊直弼は攘夷派の武士たちからたいへんに恨まれました。けれど私は、井伊直弼は文武両道に秀でた立派な人であったと思います。あの時代の中で、もっとも優れた1人にいれるべきです。


 井伊直弼は京都のとなりにある彦根で、36歳のときに藩主になりました。この人は、まず武道(剣術、槍術、居合術)の達人です。そしてまた本居宣長の古事記伝を学んだたいへんな勉強家でした。これは私もまったく同意見なのですが、「儒教というのはくだらない悪いものである。神道こそが正しい道である」と説いていた人です。また、禅の最高位の允許(いんきょ)ももらっているという人物でした。

 ペリーが日本に開国を迫ったとき、井伊直弼は、各藩の藩主から意見を求めました。このとき水戸藩主の徳川斉昭(とくがわなりあき)公は、意見の中で次のように述べています。


 「槍剣、手詰(てむすび)の勝負は、神国の所長(長所)に候。槍と剣があれば、戦艦銃砲も怖れるにたらず」です。

 井伊大老自身も意見書を出していて、こちらも今に残っています。

 「暫く兵端を不開、年月を経て必勝万全を得る之術計ニ出可申哉」です。

 しばらくのあいだ外国との戦争を回避し、年月を得て、必勝万全の体制をたてるべきである、というのです。

 井伊直弼は、遣米使節団がまだアメリカにいたときに、いまの警視庁のある桜田門で、水戸藩と薩摩藩の18人の脱藩

浪人によって襲われ、暗殺されました。

 戦後の日本の外交をみましても、攘夷を唱えるような現実離れをした主張、これは戦後でいえば安保反対を叫んでいた現実離れした左の人たちのようなものですが、幕末におい
ても、こういう現実を直視しようとしないで手前勝手な思い込みに凝り固まっていた人たちが、日本を危うくしていたわけです。

 桜田門事件については、襲撃した浪人たちを讃えるような風潮があります。ですが私は、こんな卑劣な人たちはいなかった、と思っています。


 その日、お伴の護衛の武士たちは、雪が降っていたため、刀の鞘に鞘袋をかぶせていました。つまり刀がすぐに抜けない状態にありました。浪士たちと斬り結ぶことがすぐにはできない状態だったのです。襲う方も武士ならば、正々堂々と、せめて相手に刀を抜かせるくらいのことはすべきです。

 また井伊直弼が剣の達人であったことから、駕籠(かご)に乗った井伊大老に、先に拳銃を発射して大怪我をさせています。そのうえで「駕籠の外から」、刀身を差し入れて殺しました。武士の風上にもおけない所業です。武士であるなら、井伊大老に駕籠から降りてもらって堂々と斬り結ぶべきでした。


 この襲撃では多くの浪士が命を落としましたが、一部は最後まで逃亡しています。これまた卑怯な振る舞いです。

 攘夷論も、攘夷に加わった人たちも、日本を滅ぼすところでした。それを井伊大老が、勇気を持って開国に踏み切ったからこそ、今の日本があります。

 徳川斉昭公が主張したように、もしこの時点で日本が、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシアを相手に槍や刀で戦ったのなら、日本は諸外国によって蹂躙され、分断され、今日の日本がなかったことでしょう。


 ペリーの黒船が来たときに、「太平の眠りを覚ます上喜撰
たった4杯で夜も眠れず」という戯れ歌が詠まれましたが、他にも「アメリカが来ても日本はつつがなし」というのがあります。「つつがなし」は(だいじょうぶだ)という意味と、筒(つつ)(大砲)がないという両方の意味を架けています。

 徳川斉昭公の意見の、「槍と刀があれば日本は大丈夫だ」という意見ですが、私は、先の対米戦争と占領時代にマッカーサーが解任されてアメリカに戻るまでのノンフィクションを週刊新潮に50週にわたって連載しました。


 戦争末期に日本は、日本列島をいくつかに割って、それぞれの防衛計画をたてたのですが、その中で関東平野のあたりは、第一総軍が担当していました。第一総軍の昭和20年7月の作戦会議録には、「決戦思想で攻勢に徹する。死ぬまで
攻勢をとる」と書かれています。

 では当時、どれだけ武器が部隊に渡っているのかというと、リストが残っています。そこにはなんと、「槍、1500本」とあり、そして、「敵が上陸するまでに、もっと槍を作れ」と書いてありました。まるで水戸斉昭公が、化けて出てきたようです。


 攘夷の人たちが、愛国心に燃えていたのは素晴らしいことです。しかし彼らは「常識のない」人たちです。戦後から今日までは、こういう人たちが左翼になりました。

 左ばかりではありません。右の人たちも、ちょっとおかしな人が多いような気がします。私は、自分は右ではなく、中道だと思っていますが、右で典型的なのが故・三島由紀夫です。三島由紀夫の弟さんは平岡千晶さんといって、私より2つ上で外交官です。よく一緒に酒を飲みましたが、お兄さんとは、だいぶ人柄が違う人でした。


 お兄さんが亡くなって30年目くらいのとき、雑誌「諸君」が、40人に三島の死について800字ずつ書く、という機会がありました。38人は三島由紀夫をベタ褒めしていました。けれど私と小堀桂一郎(こぼりけいいちろう)先生の2人だけが、「あの死はくだらない死だった」と書きまし
た。

 第一に国を動かすために決起したといいながら、当日、市ヶ谷の司令官を騙して縛り上げています。割腹といっても私的な行為で、そのために公の場所を穢しています。これも許しがたいことです。私は、盾の会の制服がまるでキャバレーのドアマンみたいだと書きました。不真面目です。そこには、熱気にうなされた幕末の攘夷の志士達と狂気において通じるものがあるような気がします。


 幕末、そうした凝り固まった攘夷思想が蔓延する中で、これを押し切ってまで開国に踏み切る決断と実行をした井伊直弼の勇気は、後世において、もっと高く評価されるべきものと思います。



 4 覚悟

 勝海舟という人は、たいへんおもしろい人物です。勝海舟の曾祖父は、新潟から出てきた全盲の、いまでいうマッサージ師でした。しかし江戸時代の日本は、身体障害者にやさしい社会でした。

 私は、視覚障害者の福祉に40年取り組んできましたが、あるとき韓国に行き、向こうの首相に会いました。24〜5年前のことです。当時の韓国の金さんという首相は、日本語がたいへんに上手で、「恥ずかしい事ですが、韓国では身体障害者というのは、たいへん嫌われ、馬鹿にされます。全盲の人が歩いていると、子供達が石を投げます」と言っていました。


 日本は昔から違いました。身体障害者も独り立ちして生きて行ける道筋をつけていたのです。勝海舟の曾祖父は按摩(あんま)の仕事をしながら、貯めた小金で高利貸しをはじめました。これでかなりの金を儲けて、孫のためにと下っ端の侍の株を買いました。当時は、お金で武士の身分を買えたのです。

 「勝」という家は、小十人(こじゅうにん)と言います
が、年間で10人だけ食える米百俵の俸禄を支給されるという、一番身分の低いお侍でした。


 勝海舟は蘭学を学び、特に海軍について詳しくなり、以後、幕府の海軍奉行にまで抜擢されました。

 江戸時代は、不思議な社会です。身分制度が窮屈だといっても、かなりの流動性がありました。もっとも身分の高い方は旗本で「殿様」と呼ばれていました。しかしその下の福沢諭吉とか勝海舟などは、「御家人(ごけにん)」です。旗本が将校とすれば、兵隊にあたります。

 ポーハタン号と咸臨丸に乗っていった一行のアメリカに行く用件は、日米修好友好条約の批准書をアメリカの大統領に届けるというだけであり、向こうで交渉する権限は、まったく与えられず、せっかくアメリカに行くのだから、向こうのことを学んで来い、ということでした。

 
 先にお話しした軍艦奉行の木村摂津守芥舟(かいしゅう)ですが、彼は使節団のお目付役といって、実務を監督するのが役割でした。

 福沢諭吉の『福翁自伝』によりますと、戦国時代の武士は、戦場に赴く時は家財道具を売り払って、それで甲冑や武器を揃え、また部下を養うために、かなりの額の金を持っていきました。

 木村摂津守はこれに倣って、咸臨丸に乗り込む前に家に代々伝わっていた骨董品とか書画などを全て売り払い、それを米国などの金貨や小判に変えています。全財産を処分した大金を持って咸臨丸に乗艦していました。


 ところが船が台風で大きく揺れたときに、木村摂津守が金貨を入れていた袋が破れて、中から数千枚の金貨が甲板にこぼれてしまったのです。福沢諭吉ら乗組員は、全員でその金貨を拾い集めて、元通りに袋に戻しました。誰も盗むなどしなかったこともさりながら、木村摂津守が、咸臨丸でアメリカに渡るというそれだけの任務のために全財産を売り払ってまでして、任務遂行に命を賭けたという姿勢に、目を見張るものがあります。昔の人は実に偉いものだと思います。



 5 不平等条約

 さて、明治の外交の一番大きな目標は何だったかと言うと、不平等条約改正です。こんにちでも外国から国賓がおいでになりますと、宮中で国賓を迎えた宮中晩餐会が催されます。最近では、フランスのオランド大統領がおみえになったり、インドのシン首相がおみえになりました。

 すると日本では、「フランス料理」でおもてなしをします。これは実に不思議な事です。韓国に行くと、青瓦台の大統領官邸で国賓を迎えるときは、もちろん朝鮮料理です。中国では天安門広場に面した人民大会堂で、中華料理です。タイではタイ料理、インドではインド料理、みなその国の料理を供します。


 以前、フランスのヴァレリー・ジスカル・デスタン(Valéry Giscard d'Estaing)大統領がおみえになったとき、随行してきたフランス外務省の外交官と親しかったので一杯飲んだら、彼は、「ウチの大統領が日本に来て一番がっかりしたのが、宮中の晩餐会でもっとも美味しい日本料理
が食べられると楽しみにしてきたのに、フランス料理が出てきた」と、ぼやいていました。

 なぜ日本ではフランス料理が供されるのでしょうか。


 みなさんもよくご存知と思いますが、明治に入ると、伊藤博文公などが中心になって鹿鳴館というと、いまの日比谷の帝国ホテルの隣に建っていましたが、この鹿鳴館で、伊藤公やその愛人や顕官や、夫人、令嬢たちがヨーロッパの貴族のような恰好をして、仮装舞踏会を夜な夜な催して、在京の西洋人を接待しました。これは、日本もヨーロッパに負けない文明国であることを証明しようとしたことによります。

 当時は、世界唯一の一流の文明といったら、白人キリスト教徒の文明文化でした。日本の生活習慣などは、すべて野蛮だとみなされていたのです。そこで宮中晩餐会でも、フランス料理を供するようになりました。当時は日本料理は野蛮なものと思われたからです。


 不平等条約を改正するために、日本もヨーロッパなみの西洋の文明を身につけなければならなかったのです。ですから畏れ多い事ですが、天皇陛下や男子皇族の皆様は、公の場では、和服をお召しになることがありません。これも不平等条約を改正するための血みどろの努力のなごりです。

 日本が、ようやく戦後、西洋に追いつき並ぶ、世界第2位の経済大国になったときに、宮中晩餐会でも日本料理を出すべきだという議論が起こりました。


 しかし私は未来永劫フランス料理を出すべきだと思います。私たち日本国民が白人キリスト教国から受けた屈辱を忘れないためです。それだけ血みどろの努力をして、日本は不平等条約を改正することに成功したのです。



 6 大隈重信

 大隈重信という人がいます。早稲田大学を創った人です。佐賀藩の下級藩士の息子です。

 福沢諭吉とよく似ています。諭吉が九州の大分県の中津藩の出身で、大阪屋敷で下級藩士の子として生まれました。二人とも幼時に父親が病死します。


 大隈は、若い頃から旺盛な反骨精神の持ち主でした。諭吉は『福翁自伝』を残していますが、大隈重信も同様に口述による自叙伝を残しています。なぜか復刻版が出ないのですが、私はその本を持っていて、これを読むと、実におもしろい。

 佐賀藩の藩士の息子たちは全員藩校の弘道館(こうどうかん)に通わされたのですが、重信は、15歳になると、「漢字は悪魔の字である」と確信します。それで、自分の名前以外は、一切漢字を書かなくなりました。


 私も、「漢字は悪魔の字」と確信しているひとりです。漢字は中国で生まれたものですが、一般の人には難しくて読めない。つまり支配階級の人たちが人民を支配するために、難しくて、ややこしい字を使ったものです。

 中華料理のメニューには適していますが、漢字だけで書いてあると、まさに悪魔の文字の羅列です。日本の場合は、漢字に訓読みを与え、ひらがな、カタカナを加えることで、漢字の持っている毒を抜いてしまっているからいいのです。


 さて、漢字の使用を拒否した重信は、弘道館から、追放されてしまいます。けれども優秀な少年だったから、藩主が目をかけてくれて、「お前は見所のある奴だから、長崎に行って英学(蘭学に代わって新たにはいってきた英語学)を学ん
で来い」と、長崎留学をさせてくれました。長崎で大隈は、ユダヤ人の英語教師、フルベッキ(Guido Herman Fridolin Verbeck)から、英語や西洋の歴史を学んでいます。福沢諭吉も蘭学から、横浜に出て英学を学びました。


 維新後、大隈重信は明治新政府に加わりますが、この頃、駐日英国公使(当時は日本には「大使」は派遣されていません。それよりも格下の「公使」が派遣されていました)に、パークス(Sir Harry Smith Parkes)という男がいました。これが実に傲慢で嫌な男で、明治新政府の色々な人が交渉役を担当したけれど、誰も勤まらない。そこで最後に若い大隈に、「お前、英語ができるんだから、行って来い」とお鉢がまわってきたわけです。大隈は、明治政府を代表してパークスと談判することになりました。大隈がパークスを訪問する

と、パークスは大隈を見るなり、いきなり、「おまえのような年齢も行かない若造と、まじめに話をすることなどできない」と、恫喝してきました。

 大隈は、まったくひるまず、「しかし私は、日本政府を代表して来ています。閣下が私を断るということは、日本政府との話し合いを拒むということでしょうか? それでは日本に来られている意味がないのではないか?」と反論します。さすがのパークスも、これには一本取られ、大隈との交渉に応じています。


 大隈が交渉役となったとき、もうひとつ大きな問題がありました。それはキリスト教の宣教を認めるかどうかという問題です。当時はまだ日本は、秀吉によったキリスト教禁教のままです。秀吉がキリスト教を禁止した理由は、キリスト教宣教師が、日本人の信者をそそのかして神社やお寺を壊したり襲撃させたりしたからでした。秀吉は、最初のうちは宣教師のバテレンらを手厚くもてなしていたけれど、こうしたことから禁教に踏み切ったのです。そこで大隈は言いました。

「あなたがたは、キリスト教は愛の宗教だとおっしゃるけれど、しかし北米、南米、中米、アフリカ、アジアで、キリスト教は、何人くらい殺してきたのでしょうか? 日本として対応に時間が必要です。」 これにパークスは、ものの見事に納得し、大隈は大手柄をたてています。

 いま、1円、2円という通貨単位がありますが、これを創ったのは、大隈重信でした。それまでの日本の貨幣は、小判をはじめ方形のものが使われていました。大隈は、西洋には四角い硬貨はないから、西洋にならって丸くしようと、「円」の呼称を採用させました。


 日本では、大隈重信は政治家になったせいなのか、福沢諭吉よりも人気がありませんが、おもしろい人でした。当時の日本人が偉かったと思うのは、「自分は漢字なんて嫌いだから書かない」と言った人を、外務大臣にし、総理大臣にし、早稲田大学の創立者にしたということです。いまの日本では考えられないことです。



 7 人種平等

 明治日本は、不平等条約の改正のために、血みどろの努力をしましした。今日は、女性がおいでですが、以下は学問的の話だと思って聞いて下さい。明治10(1877)年4月に、当時の文部省が全国の女学校に、「これからは(女性は)立小便をすることをやめるように」との通達を出しています。


 私は戦時中の子供の頃、長野県で育ちましたが、長野では田んぼのあぜ道などで、成人の女性が普通に立小便していました。インドネシアにもよく通いましたが、女性たちが立小便をしていました。ポリネシアとか、ミクロネシアとか、南方系の風俗ですが、明治新政府は、そこまでして、日本は、西洋諸国にならぶ文明国であるということを示さなければならなかったわけです。

 最後の不平等条約が改正されたのは、日本が日露戦争にめでたく勝った後のことです。当時の白人キリスト教国の発想では、近代兵器を持って大量殺人ができるということが、文明国の証(あかし)だったわけです。


 そして日本は、一等国の仲間入りをしました。

 日本国民が、明治にはいってから、抱いていた大きな国民的悲願は何であったのか。

 ひとつは、屈辱的な不平等条約を改正すること。もうひとつが、人種平等の世界を創ることでした。

 福沢諭吉の『福翁自伝』にある話ですが、ヨーロッパに遣欧使節団として随行したとき、使節団の正使は、もちろん旗本のお殿様です。そのお殿様は、パリで一流ホテルの、一番よい部屋に宿泊しました。良い部屋ですから、ちゃんと室内にトイレがついています。けれどお殿様は、あえてロビーのトイレを使いました。しかもトイレの扉を大きく開いたまま用をたし、その開いた扉の脇には、殿様の太刀持ちが太刀を捧げ持って床に正座していました。これを文化人類学では、カルチュアル・コンフィデンスといいます。(Cultural)文化的な、(Confidence)自信です。


 たとえば、西洋料理を食べるときは、スープをズルズルと音を立てて食べてはいけないとか、お皿を持ち上げてはいけないなどとされています。サラダなどのお皿を持ち上げて、フォークなどでかき込む、そういうことをするのは、マナー違反で恥ずかしいといいます。

 ところが日本では、だいたい机をみんなが囲んで食事をするということは、もともとありません。全部お膳だったのです。お膳は低いから、お皿を手に取らなければ食事がきません。日本人が、サラダの小皿を持ち上げて食べてどこが悪いのか、スープを音を立てて吸って、何が悪いのかと、そういうことをわるびれずにすることを、Cultural Confidence と言います。


 現代の日本人の多くが、西洋のマナーをびくびくしながら守ろうとします。それは、Cultural Confidence が失われたことを意味します。いまの日本人は、すっかり卑屈になって日本人たる自信をすっかり失ってしまっているからです。私は、もっと堂々と、日本の作法、日本人の物事の考え方で良いと思っています。

 咸臨丸とポーハタン号に乗って米国に渡った遣米使節団が、ニューヨークのブロードウエイで馬車に乗って行進している写真があります。そのときは、アメリカでたいへんなブームになって、多くの人々が、日本人がくるというので家を空き家にして見物にきたために、向こうの本にありますが、空巣狙いの泥棒が活躍したほどだったそうです。


 遣米使節団は、全米どこに行っても大歓迎されました。アメリカ人が書いたものを読むと、日本人は、「威厳がある」、「堂々としている」、「礼儀正しい」と書いています。当時、清国からも使いがやってきていますが、「中国人と比べると、日本人はまったく違う地域から来たと思われる」、「中国と日本が隣り合っている国とは信じられない」と書いているのです。

 このような誇りが日本を守って、幕末と明治の聞きを乗り越えました。


 幕末から明治にかけて日本人は、誇り高い民族でした。それを残念ながら今の私たちは失うようになっています。先人に申し訳ないことです。



 8 安きになれては、おごりくる人心の

 みなさんは樋口一葉をご存知と思います。5千円札に肖像画が載っています。樋口一葉はお父さんが山梨県の農家の次男坊で、長男しか跡を継げなかったので、幕末に江戸に出てきて、明治に入って東京市になったとき、東京市の役所の下級役人に就職しました。


 下級官吏が住む長屋で、明治5年に樋口一葉は産まれました。本名は樋口奈津(なつ)といいます。「夏」とも書きました。

 なつの学歴は小学4年しかありません。当時の小学校は4年までしかなかったからです。11歳までの4年間、小学校に通いました。

 17歳のときに、父が病死し、母と妹たちの生活を支えるために、近所の人たちの洗い張り(洗濯)や、針仕事(仕立て)をして、貧しい生活を強いられました。そのかたわらで、明治の女流文学の最高峰と言われる作品を、次々と発表しました。父は農民の出ですが、教養があったからでした。


 日清戦争が終わった翌年、25歳のときに、病死しています。

 それにしても、樋口一葉というのは、綺麗な人ですね。たった1枚、写真館で撮った写真が、5千円札の肖像のもとになっていますが、お札の一葉は、造幣局で作画した際に陰影をとってしまったので、のっぺりした顔になっています。ところがもとの写真を見ると、蠱惑的な、うっとりする綺麗な人です。

 一葉は、克明な日記をつけていました。病死する前年の日記に、次のように書いています。ちなみに一葉は、生涯一度も洋装をしたことがありません。生涯和服でとおしています。日記には、こう書いてあります。


 「安きになれては、おごりくる人心の、あはれ外(と)つ国の花やかなるをしたひ」安きに慣れてというのは、なんでも安直なものに流れているということです。安直なものに流され、おごりたかぶった人々の心は、まことにあわれなものです。華やかな外国(西洋)ばかりを慕い、

 「我が国振のふるきを厭ひて」日本の伝統文化や生活文化を嫌って「うかれうかるる仇ごころは、流れゆく水の塵芥をのせてはしるが如く、ととどまる処をしらず。かくて流れゆく我が国の末、いかなるべきぞ」と、嘆いています。まるで今日の日本のようですね。


 まだ日露戦争を戦っていないときのものです。西洋文明に浮かれ、このままいったら日本の古き良き伝統文化がなくなってしまう、ということを、深く憂い、嘆いているのです。

 いまの日本にとって必要なのは、先人が、この日本を守るために、どれだけの苦労をしたのか知ることが必要であると思います。

 私は、英語屋です。他の人よりはるかに英語ができると思います。海外でときどき講演をしますし、シカゴ大学、ペンシルバニア大学で講師をつとめていたこともあります。私の英文著書をイギリス一流出版社が出してくれました。


 しかし私は、明治の頃の、岡倉天心とか、新渡戸稲造とか、戦後なら総理大臣をつとめた幣原喜重郎の英語には、まったく太刀打ちすることができません。どうしてだろうと、考えたことがありました。

 岡倉天心など、あの時代の人たちは、自分の一身の成功のために英語を学んだのではありません。日本の独立を守るために英語を学びました。私も残念ながら、英語ができれば将来収入が良くなるか、いい地位に就くことができるのかな
など、賎しい動機があって学んだ英語です。だからまったく違います。幕末から明治にかけて日本を支えた日本人は、気概、覚悟というものがあったからこそ、日本は、西洋の白人の帝国主義の脅威を見事に撥ね除け、日露戦争に勝ち抜き、先の大戦では残念ながら敗れてしまいましたが、それでもなお、これだけの国を築くことができました。


 日本は、人種平等の世界をつくることを、幕末から夢見ました。

 当時の武士たちが、ヨーロッパやアメリカに渡る途中で、アジアを通りました。彼らが書いた多くの文献があります。そこには、アジア人が白人によって、まるで家畜のように酷使されている。

 日本が先の戦争に敗れるまでは、日本では白人のことを「白魔(はくま)」と呼んでいたものです。白人は恐ろしい魔物でした。

 いま白魔という言葉は忘れられていますが、いまアメリカで黒人の大統領が誕生しました。これは日本が先の大戦を戦って、アジアを解放した高波がアフリカ大陸を洗い、アフリカにも次々と独立国が生まれました。


 私は50年代の末にアメリカに留学しましたが、あの頃は、黒人が白人のレストランに入って食事をするなど、想像もできませんでした。ところが、アフリカの独立国から、黒い外交官がやってくる。外交官を差別できないので、白人のレストランに入るのを拒否できない。同じ黒人なのに、どうして彼らはレストランに入れて、我々アメリカの黒人は入れないのだということになって、1960年代にマーチン・ルーサー・キング牧師によって公民権運動が起こり、ようやくアメリカの黒人が解放されたました。


 アメリカのメジャーリーグで黒人がプレイできるようになったのは、戦後のことです。

 いま、アメリカで人種平等の社会が生まれたのは、日本のおかげです。

 人種差別は、人類の歴史を通じて行われたものですが、日本は和の文化であり、先の戦争に敗れたものの、人種平等の世界を実現しようという戦争目的を果たしました。

 私達の先人が苦闘したことは、みなさま覚えておいていただきたいと思います。


(第2期日本史検定講座第8講より)


 
【加瀬コラム】極東に咲いた世界の花、江戸
極東に咲いた世界の花、江戸


 1 極東に咲いた江戸の花

 みなさん、こんにちは。今日は江戸時代の話をこれから進めていきます。

 しばらく前に、江戸開府400年という年がめぐってきました。ご記憶の方もおいでかもしれません。江戸時代には、伊勢神宮は例外として、いちばん大事な神社といいますと、日光東照宮でした。徳川家康公の御霊をお祀りしているところです。全国に東照宮は40ほどあります。東京は上野に上野の東照宮があります。東照宮連合会がありますが、江戸開府400年を記念して事業を行おうということから、江戸研究学会をつくるということになって、私が以前から江戸時

代が世界でもっとも素晴らしい時代だったということを書いたり、話したりしていた関係から、会長を引き受けております。

 江戸研究学会は、いまでも日光東照宮の社務所に本部をおいています。最近は活動をさぼっておりますが、はじめは理事に東京江戸博物館の竹内館長もメンバーで、東京江戸博物館で江戸時代についてのシンポジウムや講演会などを行っていました。

 なぜ江戸がすばらしい社会を形成していたのかといいますと、なんといっても260年近く平和が続いたことがあげられます。これは世界で非常にめずらしいことです。その間に島原の乱という、キリスト教徒の天草四郎によって知られる、これは宗教的な反乱ではなくて経済的な理由が原因でしたが、天草の乱を除けば、平和が続きました。こんなことは、世界では他にないことです。


 江戸時代ほど庶民が恵まれて、自由奔放に豊かに暮らしていたという社会も、世界に類例のないものです。そういう意味で、私は江戸時代こそ、これからの人類の手本にふさわしいものだと思っています。

 いまでも英国の王立演劇団ですとか、全世界で舞台演劇といえば、すべて王侯貴族、支配階級に属したものです。ところが、日本では歌舞伎は「庶民の舞台芸術」でした。ですから武家やその家族は、歌舞伎を観に行くことは禁じられていました。武家の舞台芸術といえば、能楽でした。


 私は、歌舞伎の役者に親しい人たちがいますが、昔ですと歌舞伎役者はひとりふたりとは、江戸時代が終わるまで、勘定しませんでした。1匹、2匹と数えて動物扱いしたものでした。けれども歌舞伎が全世界で、もっとも絢爛豪華な舞台芸術だということは、みなさんご承知の通りのことです。
 絵画芸術も同じです。日本を除く全世界の絵画芸術は、王侯貴族、支配階級に属するものです。ところがこれまた、日本の浮世絵は、庶民のものです。



 2 ジャポニズム

 みなさんは、「ジャポニズム」という言葉をご存知だろうと思います。私は絵が好きで、東京駅の八重洲口にブリヂストン美術館がありますが、日本の民間で一番、印象派の絵をたくさん持っている美術館で、私は役員を勤めております。

 ジャポニズムとは何か。

 19世紀の幕末から、浮世絵が西洋の美術界に大きな影響を及ぼしました。ルノワール、ゴッホ、モネ、ムンク、ロートレック、ドガと、誰をあげても日本の浮世絵の模倣をしています。これがジャポニズムの始まりです。


 同じ時期に、女性のドレスのデザインや、室内装飾、庭園造りなどにもジャポニズムの影響が強くあらわれます。次に影響を強く受けたのが、近代建築です。

 ブルーノ・タウトというドイツ人の有名な建築家が、戦前に日本にやってきて、東京帝国大学で教鞭もとりました有名な建築家です。タウトが回想録を書いていて、岩波文庫から出ています。ご関心のある方は、読まれると良いと思います。

 タウトは伊勢神宮をお参りして、神宮の建築をみて、外容(がいよう)と内容、つまり、外と中のつくりが一致している建築を、はじめて見ました。そして、その感激を、「私は稲妻に打たれたような感動によって身が震えた」、と書いています。


 それまでの西洋の建築というと、馬場先門に明治生命の本社ビルがありますが、外壁にデコレーションケーキみたいに、コテコテとした飾りがついたものでした。そういう虚飾をすべてファサード(表面)から取り払ったのが現代建築で、フランスのル・コルビュジエ(Le Corbusier)という
世界的な建築家が提唱した、「装飾のない平滑な壁面処理、西洋の伝統から切り離された合理性や機能性を信条としたモダニズム建築」が代表的なものとしてひろがります。


 日本の伝統建築は、ヨーロッパだけではなく、アメリカの建築家たちにも、大きな影響を与えました。いまではすっかり、日本発の機能的な建築物が世界を覆っています。

 家具も同じことです。それまでの西洋の家具というと、ゴテゴテと彫刻がついていたのですが、いま世界で使われている現代家具は、すべて機能的です。これもジャポニズムの影響です。

 最近では、あらゆるものに、日本の影響が及んでいます。戦後は食器や料理にも、影響が現れました。私はアメリカやヨーロッパ、韓国、中国、印度などから友人が来ますと、和食の店に連れて行っていました。決して高いお店ではないのですが、それでも、出て来るお皿は、正方形とか、長方形とか、六角形とか、様々なカタチをしています。


 30年前くらいまで、外国から来た友人に質問したものです。
 「あなたの国には、どうして丸い皿しかないのですか? あってもせいぜい楕円形です。四角や変形の皿があるのは、日本だけです。」

 すると向こうの人たちはびっくりして、
「それはきっと洗うのが大変だから」とか言い訳をします。 でもそんなことを言ったら、東京でも高いフランス料理店に行ったら、一枚で5千円、1万円もするような高いお皿を使っている店があります。それこそ洗うのがたいへんです。


 いまでは、世界のどこへ行っても、四角など、丸くないお皿があたりまえのように使われるようになりました。これまたジャポニズムなのです。

 フランス料理も、日本料理の影響を強く受けています。ヌーボー・クズィン(nouveau cuisine)という言葉があります。ヌーボーが「新しい」で、クズィンが「料理」です。もう30年くらいになりますか、フランス料理に、「ヌ
ーボー・クズィン」という新しい分野が生まれました。実

はこれは日本の懐石料理を真似したものです。

 それまでは、洋食というと、まずオードブルが出て、次
にスープが出て、その次に大きな魚の切り身の乗った魚料理、次いでメインの肉料理、最後にデザートというのが、西洋料理のフルコースになっていました。

 ところが日本の懐石料理の影響を受けたヌーボー・クズィンの場合は、ポーションといいますが、ほんのわずかな、そのかわり美味しくて凝った料理が、10品くらい出てきます。これは日本の懐石料理を模倣したものです。


 こういう日本の影響は、最近では、コミックやアニメの世界にもあらわれています。いまや漫画(Manga)というローマ字で書かれていますが、世界共通語です。

 どうしてこんなに流行ったのかというと、この元には浮世絵があります。西洋では、ドナルドダックや、スヌーピー、スーパーマン、スパイダーマン、ミッキーマウスなど、4コマあると、4コマの大きさが同じサイズ、ミッキーやスヌーピーは人といえませんが、登場人物も同じサイズで描かれ

ていました。ところが日本のコミックは、中の構図も浮世絵のように、実に大胆です。

 それから、最近ではパリを中心に、コスプレが流行っています。日本が西洋をはじめ世界に与えている文化的な影響は、ほんとうに幅広い分野にわたっています。

 ちなみに、おとなりの中国はどうなのか。
 中国では習金平先生が「偉大なる5千年の中華文明」と自慢されていますが、たしかに中国の文明は古代に、磁石ですとか、火薬とか、紙とか発明しましたが、近代に入ってから中国が世界に与えた文化的な影響は、なにひとつありません。


 いま日本政府は、小泉内閣のときだったか、「クールジャパン」というキャンペーンを行っています。クールジャパンというのは、イギリスでクールという言葉が流行ったのを模倣しているのですが、私はそれより、「ジャポニズム」を訴えるべきだと思います。



 3 多神教

 私の従姉は、いま世界でもっとも名前の知られた日本人だと思うのですが、オノヨーコです。私の母の兄の娘です。私は子供の頃から、ヨーコに可愛がられました。私よりヨーコが3つ年上です。ヨーコがジョン・レノンと結婚したため、私はジョンと親しくしました。


 ジョンはよく、ヨーコとともに、日本にお忍びでやってきました。また、私がニューヨークへ行くと、自宅や外のレストランでもてなしてくれました。私は彼に神道の世界の素晴らしさを伝えました。そのためにジョンは、一神教が嫌いになりまして、イマジン(Imagine) という曲を作りました。

 イマジンは、爆発的な世界のヒット曲になりました。

 Imagine there's no Heaven(天国なんか、ありゃしないって)

 It's easy if you try(簡単だから想像してごらんよ)
 No Hell below us(地獄なんかも存在しない)
 And no religion too(もし世界から宗教がなくなれば)
 All the people Living life in peace(世界の人々は平和に暮らせるよ)

 ところが、この曲はアメリカやイギリス、ヨーロッパのキリスト教の保守層から、総スカンを食いました。なぜかというと、この歌はキリスト教を頭から否定しているからです。


 私はジョンに、言いました。
 「レリション(Religion、宗教)という言葉は日本語には存在していなかった。」
 「宗教」というような突飛な言葉は、私たちの日本語には、もともとは存在しなかったのです。

 江戸時代の終わりまでは、宗門、宗派、宗旨などという言葉を用いていました。明治に入るまで、「宗教」というおかしな言葉はありません。自分の信仰だけが正しくて、他の信仰はすべて邪(よこしま)である、間違っているという一神教が日本にはいってきたとき、新しい訳語をつくらなきゃならならなくなったからです。


 明治訳語は、おびただしい数があります。明治訳語をお使いになるときは、いったいもともと日本語にあったのだろうかと、いぶかってみられることを是非お薦めします。

 最近、「原発神話が崩壊した」とか、「神話」という言葉が、まるで嘘という意味で使われています。ところが「神話」という言葉も、江戸時代が終わるまでは、日本語には存在していませんでした。「古事(ふること)」と言いました。古事記は日本最古の歴史書ですが、古事記は、もともと

の読みは、「ふることふみ」です。

 あるいは、明治にはいってから、造られた翻訳語に「指導者」があります。これは英語の「Leader」、ドイツ語の「Leiter」がはいってきたとき、日本には、そもそも指導者というのがいなかったし、そういう概念さえもなかったから、新しい言葉を造ったのです。日本社会は、はあくまでも集団で合意が行われるコンセンサス(Consensus、一致)社会です。

 私はもともと物書きで言葉に関心をもっていて、25〜6年前に、明治32年に刊行された厚さ10センチくらいある英和辞典を神田で見つけて買いました。当時のお金で10万円近くしたと思います。


 たとえば「Leader」という言葉をひくと、まだ「指導者」とは出て来ないんです。色々なもってまわった説明をしています。

 それで、こんどは「Dictator(独裁者)」をひくと、こんなおかしな言葉もなかったので、たいへんな苦労して説明をしています。

 あるいは、「Individual(個人)」という言葉・・・私はとても嫌いな言葉ですが・・・もなくて、これを「たったひとりの人」とか、おおわず微笑んでしまうような、苦しい説明をしています。


 いまの世界は、英語では「Religious strife 」といいますが、宗教的な抗争、憎しみに基づいています。
 たとえばシリアを例にとると、国連の推定では、内戦によってすでに10万人が死んでいます。

 これはイスラム教がまず2つに分かれ、イスラム本流のスンニ派と傍系のシーア派が殺し合っています。それからキリスト教もたくさんの派があって、これまたイスラム教徒を殺したり、殺されたり、キリスト教同士でも殺し合っています。他にもドルーズ教とかいろいろあって、互いに殺し合っています。アフリカや中東の他の地域でも同じことです。


 こういうことは開発途上圏だけにみられるものなのかというと、そうではありません。
 英国でさえ、ついこの間までじゃ、アイルランドで、キリスト教のカトリックとプロテスタントの対立から殺し合っていました。3万人以上も死者が出た後に、ようやく停戦協定を結びましたが、まだときどきテロが行われています。

 ところが日本では、歴史を通じてこのような宗教がらみの憎しみによる殺し合いがありません。ジョン・レノンがたいへん感心しまして、日本に来ると必ずヨーコと一緒に靖國神社に参拝していました。


 こういうジョンの話を私が大学の講義でしますと、そんなことは信じられないという学生が多いので、写真を探したところ、アメリカのAP通信社が、ジョンとヨーコが靖國神社のお社の前で参拝しているカラー写真が出てきました。伊勢神宮にも、よく二人でお参りしました。2人は、二重橋の前で深々とお辞儀をする宮城遥拝もしました。

 私は将来、神道の考え方が、世界に大きな影響を与えることになると思います。それは、天皇陛下を崇拝しなさい、拝みなさいということではありません。そうではなくて、神

道の考え方のことです。

 みなさんは「クマのプーさん」をご存知でしょうか?
 イギリスの童話で、クリストファー・ロビンという少年の主人公が、プーという名前のクマの縫いぐるみと物語をつむぐお話です。この童話は、全世界の若者に知らない者がいな
いくらい親しまれています。

 プーの物語には、プーの森が出てきます。そこにはプーの仲間として、子豚とかカンガルーとかフクロウとかトラとか、いろいろな動物が出てきます。全員が楽しく暮らしています。そしてそこには教会がありません。


 1930年代に書かれた連作童話ですが、私はジョンに、「プーの森が、神道の森だよ」と話しました。動物たちが人とともに森での生活を謳歌する。とても素晴らしいことです。

 また日本は世界の主要な国の中で、最高神が女性でいらっしゃる唯一の国です。アマテラスオオミカミは、女性です。ヒンズー教でも、最高神は男性です。世界中どこに行っても最高神は男性です。

 今日は江戸時代のお話ですが、江戸時代にはいってからちょっとおかしくなったのが、侍が空威張りをするようになったので、表面的なことですが、日本が男上位の社会であるかのように強調されがちです。


 みなさん、夫婦茶碗(めおとちゃわん)をご存知だと思います。いまは「夫婦(ふうふ)」と書きますが、それは江戸時代にはいってからで、それ以前は「妻夫(めおと)」、あるいは「女男」と書きました。女男の順番です。第一、「夫婦」をどうやって「めおと」と発音できますか?



 4 江戸の治安

 江戸時代は、270年を通じて、あまり人口がかわりませんでした。地方で飢饉があると江戸に人が流れてくるとか、いろいろありますが、町民がだいたい75万人くらいでした。その75万人の町民を、ではいったいどう治めていたのかといいますと、みなさんもご承知の通り、南北の奉行所です。


 南北の奉行所で働いていた役人の数は、江戸時代の初めから終わりまで、人数はまったく同じで、332人です。このなかで管理職、いまでいう部長、局長さんにあたる人が与力(よりき)で50人です。その下に282人の侍が働いていました。

 このうち、司法(裁判)関係と警察の業務にあたっていたのが、64人です。さらにこの64人のうち、警察業務にあたっていたのは、町同心(まちどうしん)といいますが、わ
ずか12人です。


 そのうえこの人たちは、奉行所が南北二つの輪番制なので、各月はその半分しか働いていません。ですからいつも働いているのは、余程のことがない限り、警察官は半分の6人しか働いていません。それでよく治安が維持できたものです。

 もっとも12人の同心は、町方同心とか、八丁堀の旦那などとも呼ばれていましたが、ひとりひとりが、自分の収入から、「岡っ引き」を平均して5人雇っていました。「岡っ引き」は、お侍ではなくて、町人です。ちなみにこの「岡っ引き」という名称は、俗称です。彼らが名乗る時は「お上の御用の誰々」といっていました。


 今日では、東京の人口1200万人に対して、警視庁だけで、46000人の警察官がいます。もし江戸時代と同じなら、比率からすれば、いまの東京を、100人に満たない警察官で、東京都全域の治安を守っていることになります。

 後藤新平というと、東京がまだ東京市だったときに、市長を務めた人で、出身は岩手県の下級武士です。その後藤新平が東京市長を勤めているときに、「江戸の自治制」という研究書を書きました。昨年復刻版が出ましたのでamazonで買うことができます。


 その本の中に、75万人もの町人を、いったいどうして、たった323人で治めることができたのかその答えが書いてあります。
 「きわめて人々の徳性(とくせい)が高かったから」
 だからほとんど犯罪がなかったのです。



 5 江戸の教育
 
 私は麹町に住んでいますから、ここまで歩いてくると30分くらいかかります。歩くと気がつくのが、クズカゴがひとつもない、ということです。これは、ヨーロッパやアメリカでは考えられないことです。パリでもロンドンでも、ニューヨークでもワシントンでも、おそらく30メートルに1個は、クズカゴがあります。


 ゴミは、江戸時代の頃から、各自が自分の家に持って帰るという習慣があったのです。アメリカにすこし長く滞在して、ゴミがあると近くのゴミ箱に捨てる癖がつくと、東京に帰ったとき、戸惑います。

 こういうことも、江戸庶民の徳性の高さのひとつといえそうですが、その徳性を支えたのが、江戸庶民の教育程度の高さです。

 寺子屋は有名ですが、これは6歳か7歳で入ります。正確な統計がないので、いろいろな説がありますが、全国に12000から2万校くらいあったといわれています。


 江戸時代の初期には、お寺さんが子供を教育をしていたところから、寺子屋と呼ばれるようになったのですが、次第に、街中で浪人や、多少学問のある町人が、寺小屋をはじめるようになりました。

 寺子屋の教師は、6割が男性、4割が女性です。女性が4割を占めていたのです。すべて私塾です。そして街中にある寺子屋では、大きいものになりますと、千人くらいの子供が学んでいました。

 生徒は、寺子(てらこ)と呼ばれました。寺子屋教育は、ひとつひとつが手作りです。


 徳川幕府にも、それぞれの藩にも、教育を担当する役人はいません。平均して4年間、読み書き、ソロバン、地域によっては漁村でしたら漁の仕方とか、農村なら作物の作り方などを習うのですが、教科書から教育スタイルまで、すべて地域の手作りでした。
 ですからいまの言葉で言うなら、チャーター・スクールに近いものといえます。

 寺子屋を特徴づけるもうひとつは、躾(しつけ)と体罰がたいへんに厳しかったことです。
 いまの日本の教育を悪くしているのは、体罰を禁止しているからだと、私は信念を持っています。


 私は戸塚ヨットスクールの戸塚先生にもはいっていただいていますが、「体罰を復活する会」という会の会長も務めさせていただいております。

 いまでは教室の片隅に立たせるのも体罰だとして禁じていますが、寺子屋の体罰は、そんなものではなく、はるかに厳しいものでした。

 いまの教育をここまで劣化させたのは、私は文部科学省が存在しているからだと思っています。江戸時代のように、文部科学省がなくて、全部地元の手作りにすれば、日本の教育は蘇るのではないでしょうか。


 学者も、町人や農民の出身者が多くいます。学閥や門閥、ましてや身分などにとらわれていません。町人でも、学識の高い、いまでもすぐれた学者として評価されている人が多いのです。

 そういう人は、町人なら伊藤仁斎、青木篤紀、山崎闇斎、農民の出身ですと石田梅岩、二宮尊徳をはじめ、大勢いました。



 6 江戸身分制度

 士農工商の違いというのは、みなさんが信じられるほどはありませんでした。そもそも、江戸時代には、庶民の方がカネをもっていました。庶民のほうが支配層といわれる武士たちよりも豊かな生活をしていました。


 いまの日本橋三越は、江戸時代から同じ場所にありました。昔は三越呉服店といいました。
 そこの売上は、20万石の藩の収入を上回ったといいますが、客のほとんどは町民、あるいは地方から上京してきた農民などです。

 世界のなかで、支配階級よりも、被支配階級の方が贅沢をしていたという国は、どこを探しても他にありません。

 いまでいうレジャーなども、たいへん盛んです。みなさんも良くご存知の東海道五十三次ですが、お伊勢参りなどは、全国に御師(おし)というトラベル・エージェントがいて、パック旅行がさかんに行われていました。


 東海道五十三次には、記録がありますが、全部で千軒を上回る旅籠(はたご)がありました。

 この他木賃宿と呼ばれる、お米などを持って泊る施設もありましたが、そうした木賃宿を含めずに、豪華な旅籠が、千軒以上あったのです。

 このパック旅行は、お伊勢参りに限らず、秩父参りとか、善光寺参りとか、金比羅参りとか、たくさんの種類があり、全国で数百種類ものパック旅行が行われていました。

 西洋で、こうした団体のパック旅行が行われるようになるのは、19世紀の半ばをすぎてからのことです。いまでもありますが、トーマス・クックという旅行社がはじめたものです。




 7 江戸の郵便

 信じられないことですが九州から、蝦夷地と言われた北海道まで郵便が正確に届きました。
 常飛脚(じょびきゃく)と呼ばれる郵便屋さん兼宅配屋さんが、全国の街道の往復をしていました。
 飛脚によって、お金を送ることもできました。

 江戸ですと、日本橋のたもとに、茣蓙(ゴザ)が敷かれていて、そこに竹のカゴがいくつも置かれています。そして竹カゴには、〇〇藩とか名前が書いてあります。


 たとえば自分が博多の友人や家族に送金をしたいと思えば、お金を袋に包んで、宛名を書き、そのカゴの中にに、ただ置けば良かったのです。
 嘘みたいな話ですが、そこには、番人もいません。往来の真ん中です。

 金飛脚(かねびきゃく)がいて、金飛脚だけは護身用に腰に刀を挿していましたが、その金飛脚が、日に何回か、そのカゴに、お金をとりに来るわけです。そして全国に配達し、事故がおきない。

 しかも、全国津々浦々、たとえば江戸の中央郵便局のあたりに届いた郵便は、町飛脚がいて、江戸の町(町の数だけでも500〜600ありましたが)に、腰から下げた鈴をチリンチリンと鳴らしながら、各家まで届けていたのです。

 こんなに郵便制度が発達していた文明というのは、世界で江戸時代の日本だけです。



 8 武士と町民

 江戸後期の作家の大田南畝(おおたなんぽ)が江戸について書いたものを見ますと、5歩歩くと、小さな料理屋が1軒、10歩あるくと大きな料理屋が1軒、いまの原宿の表参道と同じように、食べ物屋がずっと並んでいて、すべて飲食の店、と書いています。

 江戸市中で、お侍さんが威張ったのかというと、そんなこともないのです。実は、お侍さんは、馬鹿にさえ、されていました。お侍さんは、江戸時代も半ばを過ぎますと、町人から金を借りなきゃやっていけない。お金を借りているから、町人に頭が上がらない。ですからお侍は、町人を呼び捨てになんかできないわけです。◯◯殿とか呼んで、腰を低くしていました。


 歌舞伎や浄瑠璃の演題は、王侯貴族の物語よりも、町人の物語が多いのも大きな特徴です。近松門左衛門の演題など、主人公は町人ばかりです。

 ところが、シェイクスピアにしても京劇にしても、登場人物は全部、王とか貴族たちばかりです。
 江戸の町が、庶民が主役だったということが、こういうことからもわかります。江戸は、庶民が豊かな生活を、かなり自由奔放に送ることができた社会であったわけです。

 その近松門左衛門のセリフの中に、侍のことを、次のように言っているものがあります。

 「刀差すか差さぬか、なんぼ差しても、5本6本は差すまい。差して刀、脇差し、たったの2本」

 そしてなんと、「侍畜生」というセリフが出てきます。町民たちの他の演劇の中にも、侍を馬鹿にしてからかっているセリフがたくさん出てきます。



 9 心の文化

 国語辞典で、「心」という字をひいてみてください。心がけ、心づくし、心構え、心持ち、心繕いなど、150〜160くらいの言葉がつぎつぎと出てきます。


 ところが、英和辞典で、英語で心は「Heart」ですから、これをひいていただくと、「HeartAttack=心臓マヒ」、「Heartburn=胸焼け」など、10語くらいしか出てきません。
 これだけみても、私たち日本人がいかに「心」を大切にする民かということがわかります。

 それから自然、いまでいうエコロジーが尊ばれました。神道は宗教ではありません。神道は、自分の信仰だけが正しいといって、他を排斥するようなことがありません。そして自然と共存します。動物も拝みます。ですから最近は外国の学者の中で、神道はエコロジーの信仰であると説いている人が増えてきています。


 私は、江戸時代の俳句で好きなのが、上島鬼貫(うえしまおにつら)の、

  行水の 捨てどころなし 虫の声

 という句が好きです。行水に使った水を捨てようと思ったら、そこにもここにも、虫たちがいい声で鳴いているので、水を捨てる場所がない(捨てれば虫の音を止めてしまう)というのです。

 それから江戸の中期で、加賀千代の
  
  朝顔に つるべとられて もらい水


 朝、井戸に水をくみに来てみると、朝顔のつるがつるべに巻きついていて水がくめない。切ってしまうのはかわいそうと、ご近所に水をもらいに行きました、というわけです。

 そういう、自然と共存をする、人間だけが偉いわけではなく、生きとし生けるものみんなを大切にする。それが日本の和の文化です。日本の古事(ふること)神話の時代から続く、日本的精神です。

 前にもお話しましたが、日本には、独裁者(Dictator)という言葉はもともとありません。指導者(Leader)という言葉もありません。アマテラスオオミカミ様がご機嫌を害されて、天の岩戸に身をお隠しになってしまわれると、八百万の神々がその前に集まって、相談をし、そこでいろんな提案が行われて、最後に若い美しい女神がハダカ踊りをすると、あんまり可笑しいのでみんなが笑う。外で歓声があがって、あんまり騒がしいので、アマテラスオオミカミ様が好奇心から岩戸をちょっとだけ開けて、身を乗り出すと、そこを力持ちの神様が引っ張り出しています。


 朝鮮でも、中国でも、インドでも、中東でも西洋でも、すべての神話の神様は、全能の神ですから、なんでも自分で決めてしまうのです。みんなで相談するということをしません。ところが日本では、神様たちが、ああでもない、こうでもないと相談をしあっています。

 その日本では、世間が神様です。ついこの間までは、「世間様に申し訳ない」とか「世間様に顔向けができないとか」、「そんなことは世間様が許さない」などと言ったものです。ですから社会そのものが神様であるとされていたわけです。これも、世界にまったく例がないことです。


 私は多少、武道をかじりました。空手の高段者ですが、剣道もすこしかかわりました。
 まず、武道という言葉は、外国語に翻訳できません。英語では、「Martial art」と言いますが、これは「戦う術」です。日本では、武道は、精神性がきわめて高いものであって、空手でも試合に出ると、勝ち負けを考えるな、何も考えずに無念になって戦え、と言われます。そんなことは、なかなかできるものではない。剣道も、やはり勝ち負けを離れ、無心になって戦え、計算してはならないといいます。


   斬り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ
   踏み込みゆけば あとは極楽

 これは宮本武蔵の有名な言葉です。剣道にはいろいろな流派がありますが、なんと柳生流に無刀流というのがあります。刀を使わないで相手を倒すというのです。ここまでくると精神主義の極みのような気がします。外国人に話しても、わかってもらえません。

 こういう、「心を大切にする」ということは、日本の武士の精神は日本刀に宿っているといわれますが、全部で1273点ある国宝の品目の中で、いちばん多いのが日本刀だというところにもあらわれています。


 日本刀は平安時代にいまのカタチになり、鎌倉時代に完成して、こんにちに至っています。私は武道に関心をもって、韓国、中国に行ったり、東南アジアや、インドネシア、インド、中東、ヨーロッパを訪ねると、各地の武術について、色々と話を聞きましたが、刀の種類が一種類しかない国は、日本以外にありません。

 どこの国でも、剣の種類がたくさんあります。戦場の状況によって、ちょうどゴルフでクラブを状況に応じて、いろいろ取り替えるように、剣を選んで使うものです。


 それから、両手で刀を握って戦うのも、日本だけです。
 朝鮮でも中国でもヨーロッパでも、刀は片手で持ちます。両手で刀を握るというのは、相手のフトコロに飛び込まなくちゃなりません。

 武道に限らず、茶道でも華道でも、香道でも、日本舞踊でも、日本ではあらゆるものが心が一番重要とされます。着物もそうです。

 私の母親は着物が好きだったので、幼いころから帯を結ぶのを手伝わされ、成人してからはハクビや装道の顧問をし、着付けの資格も持っています。着物は、ただ美しいのでは、まったく美しくなりません。


 西洋や中国では、マリーアントワネットが着ていたとか、皇帝のお后が着ていた服がいまも残っていますが、衣装そのものの見たところが綺麗だったら、それでいいのです。

 ところが日本では、着付けがよくなければならない。身の振る舞いが美しくなければならない。
 心そのものが美しくないと、着物姿が美しくない。

 日本は、心がつく言葉が、世界のなかでもっとも多いと申上げましたが、こういう文化が出来上がったのが、江戸時代です。

 私は、江戸時代は、ほんとうに世界の中で、人類の歴史の中で、これほど素晴らしい社会はなかったと思います。

 江戸時代の良かったところを私たちが取り戻していく。そうすれば、日本が世界の手本になって、これからは、ジョン・レノンの歌ではありませんが、日本が手本を示して宗教や思想の対立を超えた、本当の意味での平和な世界をつくることができるのではないかと思います。

(第2期日本史検定講座より)

 
【加瀬コラム】自衛隊員の志気を高めるため憲法改正の前にやるべきこと
自衛隊員の志気を高めるため憲法改正の前にやるべきこと

日本が独立を回復してから、61年もたつが、憲法改正へ向かって、ようやく動きだした。

大多数の日本国民が中国が乱暴に振る舞い、アメリカの力が相対的に衰えさせているなかで、現行憲法によっては 国を守れないことを、認めるようになっている。

私はアメリカが占領下で押し付けた憲法は、憲法としてまったくふさわしくないものだから、「偽憲法」と呼んでいる。

 それでも、憲法改正まで、まだ道は遠い。第96条を改めてから、新しい憲法案をつくって、国民投票に問わなけ ればならない。

改正憲法の目玉は何といっても、自衛隊を国防軍につくりかえることだ。

憲法改正を待つまで、自衛隊をどの国も持っている軍に、できるだけ近づけることをはかりたい。

まず、集団的自衛権の行使が内閣法制局の憲法解釈によって、禁じられてきたことだ。内閣の判断一つによって、改めることができる。自衛隊法も現実にそぐわない制約が多くて、軍として機能しない。

そして自衛隊員の階級や、兵科、装備などの擬い物の呼称を改めたい。

一佐、二佐、一尉、三尉、二等陸曹、陸士長という階級の呼称を、理解できる国民がどれだけいるものだろうか。

正解は、大佐、中佐、大尉、少尉、軍曹、上等兵だ。マスコミも、外国の軍人の階級については、旧軍の階級を用いているから分かりやすい。全国民に親しまれている、アニメの『ガンダム』をとっても、同じことだ。

 国民が理解できる呼称に戻すことによって、自衛隊員の士気が向上する。

かつて自衛隊の創生期に、戦車は「特車」と呼ばれたが、いまでも砲兵は「特科」、歩兵は「普通科」のままだ。判じ物である。航空自衛隊の攻撃機は「対地支援機」だし、海上自衛隊の軍艦は「護衛艦」だ。

将校は「幹部」と、言い替えられている。マスコミが暴力団の幹部を呼ぶのにも、用いている。作戦は「運用」だし、戦闘服は「迷彩服」と呼ばれる。自衛隊の用語のなかに「兵」はもちろんのこと、「戦死」も存在していない。

自衛隊を偽軍としている例を、いくらでもあげることができる。自衛隊の任務が後ろめたいものだとして誤魔化すために、このような言い替えが行われてきた。

 これでは自衛隊員が、胸を張ることができない。

 戦後の日本は自らを騙して、敗戦を終戦、占領軍を進駐軍、平和憲法というように、現実から逃れるために、言葉を摩り替えてきた。

 もっとも、言葉を快いものにするためにいい替えるのは、日本民族のお家芸であってきた。猪を山鯨といって堪能してきたし、兎は四つ足なのに、1羽1羽と数える。徳川幕府が葦原と呼ばれた、葦が群生していた埋立地に売春街を造った時に、葦原が「悪し原」に通じるので、吉原と命名した。

 陸海空自衛隊の小林一佐といっても、ほとんどの国民が俳人を連想しよう。

 小林一茶に、「其(そ)の場のがれの正月言葉など必ずのたまふまじきもの也(なり)」という句があるが、正月のあいだだけ験(げん)をかついで、耳に快い言葉にいい替えたものだった。

 自衛隊の呼称を改めるのには、たいした予算を必要としない。7月の参院選で与党と友党が圧勝したら、ぜひ取り組んでほしい。


 
【加瀬コラム】河野、村山談話の罪重い
河野、村山談話の罪重い

 北朝鮮がミサイルを発射する構えを示して、「ワシントンを火の海とする」「核ミサイルを撃ち込む」「東京も例外ではない」と、連日これでもかこれでもかと、戦争熱を煽り立てている。

 北朝鮮の芝居の振付け師は、中国だ。

 ピョンヤンのテレビ放送の画像を見ていると、金正恩お坊ちゃまが黒い外套を着て、アイロンがよくかかった軍服に、胸に略章をつけた将軍たちに囲まれて、双眼鏡を覗いて指示を与えている。双眼鏡で、ワシントンや、東京を覗いているつもりなのだろうか。

 映像は兵隊ゴッコを、連想させる。まるで学芸会の演し物だ。中国が背後に控えているから、安心しきっている。戦争に突入しようとしているのなら、戦闘服を着るはずだ。

 ところが、ワシントンは正恩お坊ちゃまの下手な芝居を真面目に受け取った。

 アメリカのケリー国務長官が北京へ走っていって、習近平国家主席と会見して、北朝鮮を宥めてくれるように懇願した。

 このところ、中国は日本だけではなく、東南アジア諸国を脅かしたために、米中関係が緊張した。そこで、米中関係を修復しようとして、北朝鮮をけしかけた。中国が仕掛けた罠に、アメリカが落ちた。悪巧みが成功したということだった。

 アメリカは財政を再建するために、向う10年間で連邦支出を1兆1千億ドル(約110兆円)を削減しなければならない。その半分が国防費である。アメリカはもはや中東とアジアで、同時に戦う能力がないために、すっかり腰が引けている。

 だから、アメリカは日本が中国を刺激して、日中が尖閣諸島をめぐって、武力衝突を招くことを、恐れている。

 アメリカは北朝鮮が悪ふざけしたのに対して、強硬な姿勢を崩さずに、習主席に中国が北朝鮮を説得しないかぎり、北朝鮮のミサイルや、核施設に限定した攻撃を加えざるをえないと、伝えるべきだった。

 北朝鮮に外科的な攻撃を加えたとしても、中国が北を援けてアメリカと戦うことは、考えられない。習体制は北朝鮮がアメリカによって罰せられるあいだ手を拱いていたら、面子を失って、体制が揺らぐことになるから、北朝鮮を抑えることになったろう。

 アメリカは経済的な快楽を求めて、貧しく無力だった中国から、世界第2位の経済力を持つ妖怪をつくりだした。アメリカは中国の経済力にいまだに魅せられているから、中国と対決したくないから、腰が定まらない。中国を友としたいが、敵のようにも思える。

 そのために、米語に中国を指してfrenemyという新語がつくられて、さかんに使われるようになっている。友「フレンド」と、敵「エネミー」の合成語である。

 ケリー国務長官は中国に好意をいだいているが、東ヨーロッパのアシュケネジ(ユダヤ人)の血をひいており、母方は中国貿易によって大儲けした。日本を対米戦争の罠にはめたルーズベルト大統領の母方の祖父が、中国との阿片貿易で巨富をなしたことから、中国贔屓だったのを思わせる。

 オバマ政権は1期目のなかばから、中国と対抗するために、2020年までにアメリカの海軍力の60パーセントをアジア太平洋に集中することを決定し、「アシアン・ピボット」(アジアへ軸足を移す)戦略と呼んだものの、中国を刺激しないように「リバランス」と言い替えるようになっている。

 中国も北朝鮮と同じように体制が行き詰まって、戦争熱を煽って、北朝鮮化している。

 オバマ政権は安倍政権が「強い日本」を志向していることに賛成しているが、慰安婦についての河野官房長官談話、日本が先の大戦に当たってアジアを侵略したという村山首相談話を否定することには、中国、韓国の怒りを招くことになるから、まったく望んでいない。アメリカの国内世論からも、強い反発を招いて、政権を窮地に立たせることになる。

 慰安婦であれ、先の大戦中に侵略を働いたというのであれ、南京事件であれ、事実無根であるが、一国の政府がまったく虚偽の事実を公的に認めるような奇想天外なことは、民主主義国ではありえないことだ。全世界が事実だと信じ込んでいるのも、当然のことである。

 それだけに、河野、村山談話の罪は重い。日本が国家の安全を守るのに当たって、日本の汚名を清(そ)ぐことを、急がねばならない。

 日本の名誉を回復することが、日本の価値を高めることになり、ひいては日本外交に力を与えることになる。

 政府としては広報予算を大胆に投入して、海外で通用する民間の識者を動員して、正しい歴史的事実をひろめなければならない。対米、対中外交を建て直す第一歩となる。


 
【加瀬コラム】アジアの安定のために必要とされる「強い日本」
アジアの安定のために必要とされる「強い日本」

安倍新内閣の2月の第1回日米首脳会談は、上出来だった。

 安倍首相はオバマ大統領に、アメリカは「アジア重視戦略」をとるようになったが、「強い日本」を必要とすると述べて、大統領が頷いた。

 民主党政権が外交を弄んだために、日米関係が脱線していたが、再び軌道に乗った。喝采したい。

 だが、オバマ政権第2期目のアメリカの世界戦略は、すべてにわたって及び腰だ。すでにイラクから撤兵し、来年末までにアフガニスタンからも撤収する。テロリズムに対する戦いは、中東からアフリカ大陸まで、ドローン(無人機)が主役を演じる。

 私はワシントンに通っているが、国防総省(ペンタゴン)があるペンタゴン・シティに、ペンタゴンの内部からドローンを操作して、遠く中東、アフリカを攻撃する要員が、仕事を終えると立ち寄って、寛ぐバーがある。軍靴(ブーツ)で現地を踏むよりは、安上りで、気楽だ。

 アメリカは向こう10年で連邦予算を、1兆2千億ドル(約108兆円)も削減しなければならない。このちょうど半分が、国防費だ。この予算のなかで、日本列島も守らなければならない。

 オバマ政権は「エイシアン・ピボット」(アジア重視戦略)のもとで、2020年までにアメリカ海軍力の60パーセントを、太平洋に集中することになっている。だが、これまで7つの海を制してきた、アメリカ海軍の戦力が弱まってゆく。

 3月に、アジア太平洋担当をする、マーク・リパート国防次官補がアジア戦略は、「アジア太平洋地域の平和と繁栄を支えるもので、軍事はその一環にしかすぎない」「中国を封じ込めようというものではなく、中国との両国関係をいっそう強靭なものとすることを、目的としている」と、述べている。

 中国は尖閣諸島をめぐって、いっそう好戦的な姿勢を強めて、日本を威嚇している。

 安倍政権はそれでも「冷静に」対応しようと、大人(おとな)の態度をもって臨んでいる。それが、国民の願いだろう。

 安倍政権が発足してから11年振りに、防衛予算が微増されることになった。といっても、僅か351億円である。

 中国が強大な軍事力を背景にして、中国の脅威が募るなかで、アジア諸国が国防費を大幅に増加している。過去10年をとれば、インドネシアが国防予算を3倍にし、タイが3分の2、韓国とオーストラリアが50パーセントも、増している。

 そのかたわら「強い日本」を目指すというが、11年前の平成14年に防衛予算が4兆9千億円でピークに達したが、今回、ようやく4兆7千億円にまで戻った。

 防衛費を微増することが、「冷静に」ということだろうか。恐ろしいことを正視できないから、目を瞑ろうというのだろうか。日本はそんなに臆病な国に、いつからなってしまったのだろうか。

 1日も早く、戦争ができる軍隊を持たねばならない。自衛隊は軍隊として、機能できない。

 私が福田赳夫内閣で防衛庁にいわれて、安保研究所の理事長をつとめた時に、丸山昴事務次官が記者会見で、「かりに北陸海岸に、北朝鮮軍が上陸し、すぐわきに陸上自衛隊駐屯地があって、まだ防衛出勤命令が発せられなかった場合に、部隊はどうすればよいでしようか?」と、質問された。丸山次官は「逃げるほかない」と、答えた。

 今でも、この状況は変わっていない。中国は、力しか理解しない。革命も、国内の治安も、対外政策も、「銃口から生れる」国だ。日本も、「強い日本」を必要としている。

 「東京大爆炸(トンチンタパオチャ)」(東京大爆撃)が、今年の春節(旧正月)で、北京でもっとも売れた爆竹の商品名だった。

 
防衛予算を増やすことのできない日本の臆病さ
防衛予算を増やすことのできない日本の臆病さ

 「チュテンティエニャオプトンチン(遮天鉄鳥撲東京)! クシュサントウヤンハンチ(富士山頭揚漢旗)!」

 「東京の上空をわが空軍機が覆い、富士山頂上に漢旗(五星紅旗)を高く掲げる!」

 人民解放軍の軍歌だ。昨年末に、中国のネットに載った。「東京大爆炸(トンチンタパオチャ)」(東京大爆撃)が、今年の春節(旧正月)で、北京でもっとも売れた爆竹の商品名だ。

 安倍政権はそれでも「冷静に」対応しようと、大人(おとな)の態度をもって臨んでいる。国民として、反対する者はあるまい。

 安倍政権が発足してから11年振りに、防衛予算が微増されることになった。といっても、僅か351億円である。

 安倍新内閣の2月の第1回日米首脳会談は、上出来だった。

 安倍首相はオバマ大統領に、アメリカはアジア重視戦略をとるようになったが、「強い日本」を必要とすると、述べた。喝采したい。

 だが、オバマ政権第2期目のアメリカの世界戦略は、すべてにわたって及び腰だ。すでにイラクから撤兵し、来年末までにアフガニスタンからも撤収する。テロリズムに対する戦いは、中東からアフリカ大陸にわたって、ドローン(無人機)が主役を演じる。

 私はワシントンに通っているが、国防総省があるペンタゴン・シティに、ペンタゴンの内部からドローンを操作して、遠く中東、アフリカを攻撃する要員が、仕事を終えると立ち寄って、寛ぐバーがある。軍靴(ブーツ)で現地を踏むよりは、安上りで、気楽だ。

 アメリカは向こう10年で連邦予算を、1兆2000億ドル(約108兆円)も削減しなければならない。ちょうど半分が、国防費だ。このなかで、日本列島も守らなければならない。

 オバマ政権は「エイシアン・ピボット」(アジア重視戦略)のもとで、2020年までにアメリカ海軍力の60パーセントを、太平洋に集中することになっている。だが、これまで7つの海を制してきた、アメリカ海軍の戦力が弱まってゆく。

 諸国が国防費を、大幅に増加している。中国の脅威が募るなかで、アジアで過去10年をとれば、インドネシアが国防予算を3倍にし、タイが3分の2、韓国とオーストラリアが、50パーセントも増している。

 そのかたわら「強い日本」を目指すという、わが国はどうなのだろうか。平成14年に防衛予算が4兆9000億円でピークに達したが、今回、ようやく4兆7000億円にまで戻った。防衛省は「一気に引き上げられた」というが、とうてい「一気」とはいえまい。

 防衛費を微増することが、「冷静に」向かいあうことなのだろうか。

 恐ろしいことを正視できないから、目を瞑ろうとするのだろうか。いつから、日本はそんなに臆病な国になってしまったのか。

 一日も早く、戦争ができる軍隊を持たねばならない。

 自衛隊は、軍隊として機能できない。私が福田赳夫内閣で防衛庁にいわれて、安保研究所の理事長をつとめた時に、丸山昴事務次官が記者会見で、「かりに北陸海岸に北朝鮮軍が上陸し、すぐわきに陸上自衛隊駐屯地があって、まだ、防衛出勤命令が発せられなかった場合に、部隊として、どうすればよいでしようか?」と、質問された。丸山次官は「逃げるほかない」と、答えた。

今でも、この状況は変わっていない。


 
【加瀬コラム】『外務省の罪を問う』 序文にかえて
『外務省の罪を問う』 序文にかえて

 日米の外務省にまつわる共通点といえば、日本の外務省の別名が「霞ヶ関」で、アメリカでは国務省が「フォギー・ボトム」(霧の関)と呼ばれていることだ。

 もう1つの共通点といえば、両国とも外交官が他の省庁から嫌われている。

 外交官の宿命だろうが、ある外国の専門家になると、その国に魅せられてしまうことだ。そこで、その国の代弁者になるという罠に落ちやすい。

 もし、私がある南洋の国の文化と言語に打ち込んで外交官となったら、首狩り習俗を含めて、その国に強い親近感をもつことになろう。その国に気触(かぶ)れて、日本の国益を忘れるようになる。わが外務省にも気の毒なことに、国籍不明になった犠牲者が多い。

 私は41歳のときに、福田赳夫内閣が発足して、第1回福田・カーター会談を控えて、最後の詰めを行うことを頼まれた。首相特別顧問の肩書きを貰って、ワシントンに入った。

 私はカーター大統領の後見役だった、民主党の前副大統領のハンフリー上院議員や、カーター政権の国家安全会議(NSC)特別補佐官となった、ブレジンスキ教授と親しかった。

 内閣発足後に、園田直官房長官から日米首脳会談に当たって、共同声明の“目玉”になるものがないか、相談を受けた。

 私は園田官房長官に“秘策”を授けた。総理も、「それだ」ということになった。

 そのうえで、山崎敏夫アメリカ局長と会った。すると、「そのようなことが、できるはずがありません」と、冷やかにあしらわれた。私は首脳会談へ向けて、それまで両国が打ち合わせた記録――トーキング・ペーパーを見せてほしいと求めたが、峻拒された。

「役割分担でゆきましよう」と促したが、木で鼻を括(くく)ったような態度で終始した。

 私はジョージア州アトランタの郊外の、寒村プレインズに飛んだ。カーター大統領当選者の郷里で、次期大統領が政権移行準備事務所を構えていた。

 プレインズでは、次期大統領の母君のリリアン夫人、次期政権のハミルトン・ジョーダン官房長、ジョーディ・パウウェル・ホワイトハウス首席報道官をはじめとした側近、弟のビリー・カーターと知り合った。とくに次期大統領が溺愛していた、妹のルースと親しくなった。

 トーキング・ペーパーのほうは、ワシントンに発つ前に、鳩山威一郎外相に見せてもらったから、それで凌(しの)いだ。

 もっとも、前年から引き受けていた講演があったので、すぐにワシントンへ出発できず、総理一行がワシントン入りした前日に着いて、ホワイトハウス、国務省、国防省などをまわった。出発前に、電話で話をまとめていたから、念押しのようなものだった。

 翌日、ホワイトハウスの前にある迎賓館(ブレアハウス)で、総理一行と合流して、首尾よくいったことを報告した。

 福田カーター会談の共同声明では、私の献策が目玉になった。

 私は2つの内閣で、園田外相の顧問として、アメリカにたびたびお伴した。

 園田外相は“ハト派”で、私は“タカ派”だったが、妙に気が合った。園田氏は外務官僚を「理路整然たるバカ」と、呼んだ。

 その後、私は谷川和穂防衛庁長官がワシントンにおいて、ワインバーガー国防長官と防衛技術交換協定を結んだ時に先行して、根回しを手伝ったが、外務省が嫉妬して、妨害したのに閉口した。防衛駐在官事務所がウォーターゲート事件で有名になった、ウォーターゲート・ビルにあったが、防衛駐在官は本庁と連絡するのに当たって、大使館を使わなかった。

 私が最後に首相特別顧問の肩書きを貰ったのは、中曽根内閣だった。だから、外務省とのおつきあいが、長かった。

 私は今もワシントンに、通っている。親しい議員や、政権幹部の自宅のパーティに招かれると、諸国の外交官と同席する。だがこれまで日本の外交官と、一度も出会ったことがない。上級公務員試験に合格しようと、脇目ふらずに没頭したために、教養を欠いて、社交下手だからお呼びがない。

 このごろの日本には、教育が過剰なために、教養がない男女が多すぎる。

 私はフォード政権のラムズフェルド国防長官と、下院議員時代から親しかった。ラムズフェルド長官のもとに、ケネス・エードルマン補佐官がいた。

 フォード大統領が民主党のカーター候補に敗れると、エードルマン氏はスタンフォード戦略研究所の研究員となったが、ブッシュ(父)政権で国連大使として返り咲いた。

 すると、「前政権で日本の外交官に会いたいといって、何回電話をしても相手にされなかった。国連大使になったら、会いたいとしつっこくいってくるが、会いたくない。彼らは肩書きとしか、付き合おうとしない」そういって、憤っていた。

 私は福田内閣時代に三原朝雄防衛庁長官によってつくられた、日本安全保障研究センターの理事長をつとめた。三木内閣の坂田道太防衛庁長官が、申し送ったものだった。

 そのようなことから、外国から賓客がくると、坂田長官から同席するように求められることがあった。そのつど、外務省の若い駆け出しのキャリアの事務官が、通訳に当たった。

 私はわきにいて、英語が下手なのに愕然とさせられた。しばしば誤訳したが、訂正したら、有為な青年の将来を傷つけたことになったから、黙っていた。

 英語好きな日本人は警戒したほうがよい。外国語は道具にしかすぎないのに、道具に仕えるようになる。

 外務省の出身ではなく大蔵省だったが、宮沢喜一首相がその典型だった。英字新聞をみよがしに小脇に挟んでいたことで、有名だった。だが、在任中に英語で「アメリカにコンパッション(憐み)を示したい」と述べたために、ニューヨーク・タイムズ紙をはじめ、アメリカのマスコミを激昂させた。本人はコンパッションが、「共感」の意味だと勘違いしていた。

 平成4(1992)年8月に、宮沢内閣が天皇ご訪中について、14人の有識者から首相官邸において個別に意見を聴取したが、私はその1人として招かれた。

 私は陛下が外国に行幸(ぎょうこう)されるのは、日本を代表してその国を祝福されるためにお出かけになられるものだが、中国のように国内で人権を蹂躙(じゅうりん)している国はふさわしくないと、反対意見を述べた。

 その前月に、外務省の樽井中国課長が私の事務所にやってきた。「私は官費で中国に留学しました。その時から、日中友好に生涯を捧げることを誓ってきました。官邸にお出掛けになる時には、天皇御訪中に反対なさらないで下さい」と、懇願した。

 私が天安門事件以降の中国の人権抑圧問題を尋ねると、「天安門事件の前から、中国に人権なんてありません」と、悪びれずに言ってのけ、水爆実験をめぐる問題についても、「軍部が、中央の言うことを聞かずにやったことです」と、答えた。

 私が「あなたが日中友好に生涯を捧げられるというのは、個人的なことで、わが国の国益とまったく関わりがないことです。私は御訪中に反対するつもりです」というと、肩を落して、悄然として帰っていった。

 任地の代弁者になってしまう、不幸な例だった。

 杉原氏の本書を貫いている外務省批判は卓越したもので、蒙をひらかれることが多く、しばしば手に汗を握らされた。
著者は明治開国からの外交史に精通されており、わが外務省がこれまで犯してきた重大な欠陥を鋭い筆致で、追求されている。著者の深い洞察に、心から敬意を表したい。

 わが国の外交を正すために、本書がひろく読まれることを、大いに期待したい。

 
【加瀬コラム】世界各地で繰り広げられる「宗教浄化」の悲劇
世界各地で繰り広げられる「宗教浄化」の悲劇

 日本ではクリスマスといえば、子供たちや、恋人と食べたり、電飾や、サンタの衣装を楽しむ、うかれる習慣が定着するようになった。イエスの生誕や、キリスト教とは、まったく無縁である。

 アフリカ中西部に、ナイジェリア共和国がひろがっている。人口が1億4000万人で日本よりも多く、国土は日本の2倍半あまりある。首都はアブジャだが、外務省か、商社に働いていないかぎり関心を向けることがなかろう。

 人口の半分以上が、イスラム教徒であり、キリスト教徒が45パーセントを占める。

 日本では報じられないが、欧米の新聞によれば、昨年のクリスマスイブの晩に、北部の都市ポティスカムにおいて、イスラム教徒の過激派が礼拝中のキリスト教会を襲撃しようとしたが、警察が出動したために、近くの村の教会を襲って、牧師と5人の信者を殺した。

 離れた村でも、クリスマスイブにイスラム過激グループによって教会が襲撃されて、12人の信者が殺戮された。ナイジェリアでは、この3年間で1400人のキリスト教徒が、イスラム過激派によって、殺害されている。

 もちろん、キリスト教徒も報復を加えている。もっとも、欧米の新聞はキリスト教側だから、イスラム教徒側の犠牲者については詳報することがない。

 ナイジェリアでは1970年まで「ビアフラ戦争」として知られた、内戦が2年半にわたって戦われ、200万人以上の死者がでた。その後も、部族と宗教による抗争が絶えない。

 宗教による流血の抗争が、世界中で行われている。海外の報道によれば、イスラム国家であるインドネシアにおいても、クリスマスイブに当たって、キリスト教会をイスラム過激派から守るために、全国において10万人の警察官が動員された。

 「民族浄化(エスニック・クレンジング)」という言葉は、日本でも知られているが、世界各地の血を血で洗う宗教抗争を、当時のフランスのサルコジ大統領が「宗教浄化(レリジャス・クレンジング)」という言葉で呼んでから、宗教関係者のあいだでひろく用いられるようになった。

 アフリカ諸国から、ヨーロッパの旧ユーゴスラビアに至るまで、イスラム教徒とキリスト教徒が「宗教浄化」を競ってきた。

 エジプトでは、ムバラク政権崩壊後にイスラム過激派が、コプト教徒を襲撃する事件が頻発して、大量のコプト教徒が国外に難民となって脱出している。コプト教会は、イスラム教が生まれる前から存在した古代キリスト教の一派であって、エジプトのコプト教徒は300万人以上を数えていた。

 中東における独裁政権は開明主義をとって、イスラム教を後進的なものとみて、イスラム原理主義を弾圧していた。

 イラクにおいても、サダム・フセイン政権が倒れてから、キリスト教徒が迫害されて、イラクのキリスト教徒の3分の2が、すでに国外に逃亡している。

 シリアの内戦は、同じイスラム教のスンニー派とシーア派の戦いであるが、それを好機として他の宗派も殺し合っている。

 イスラム国家であるパキスタンにおいても、スンニー派とシーア派が流血の抗争を、日常のように繰り広げている。

 私たち日本人は幸いなことに、このような宗教抗争と無縁だから、理解に苦しむ。

 「宗教」という言葉は、明治に入るまで日本語のなかに存在しなかった。明治以後に、自宗だけが正しいという信仰が入ってきたために、「レリジョン」を訳するために、新しく造った言葉である。

 それまで日本語には、宗派が和をもって共存したから、宗門、宗旨、宗派という言葉しかなかった。秀吉がキリシタンを禁じたのは、他宗を邪教とみなして、神社や仏像を破壊したからだった。

 中国は無宗教の文化であるが、儒教は和を欠いて、異端を受け入れず、排撃する。

 
国の統治は形態ではない統治能力そのものが問われる
国の統治は形態ではない統治能力そのものが問われる

 これから世界の2つの地域が、激動に見舞われる可能性が高い。

 まず、中東だ。一昨年から独裁政権が、つぎつぎと倒れた。

 私はその時から、本誌で欧米のマスコミが「アラブの春」とか、「アラブ民主革命」と呼んで喝采し、日本の新聞やテレビも追従したが、このように囃し立てたのは誤っており、中東の民衆にとっても、先進諸国にとっても、状況が革命前よりも大きく悪化しようと、指摘した。

 いま、シリアのアサド政権も危ない。欧米のマスコミは、アサド政権が悪であって、反乱側が善だという報道を行ってきたが、まったく不勉強だ。

 もし、アサド政権が崩壊すれば、民族や、宗派が入り乱れて殺戮しあう、地獄のような状態がさらに続いてゆくこととなろう。そうなれば、シリアを囲む国々を捲き込んでゆこう。シリア内戦における死者は、すでに5万人を数えている。

 歴史を振り返れば、専制を倒すことより、そのあとがどうなるのか、ということが重要であることを、教えている。イランでホメイニ革命によって、パーレビ皇帝による独裁体制が倒されてから、どうなったか。欧米のマスコミは、記憶力を欠いている。

 ソ連が倒壊した後に、バルカン半島ではユーゴスラビアが分裂して、凄惨な内戦が戦われた。

 民主主義も統治能力が第一である

 民主的な選挙も、民主主義をもたらすとはかぎらない。イスラエルが2005年にガザ地区から撤収した後に、自由な選挙が催されて、イスラム原理主義のハマスが実権を握った。ヒトラーも民主的な選挙によって、ナチス政権を樹立した。

 中東の独裁政権はどれも世俗主義をとって、イスラム原理主義を敵視して弾圧してきた。

 「アラブ民主革命」が独裁政権を崩壊させたために、中東においてイスラム原理主義の時代の幕があがった。

 旧独裁諸国で自由な選挙が行われた結果、イスラム原理主義政党が権力を握った。

 中東の政治地図が、一変しつつある。

 エジプトは全アラブ人口の4分の1を占める最大のアラブ国家だが、1952年にナセル中佐が自由将校団を率いて、クーデターによって王制を倒してから、サダト、ムバラクの3代にわたって、軍部独裁体制が続いた。

 軍部独裁政権は、1928年代に結党された、イスラム原理主義政党である「ムスリム同胞団」の幹部を、投獄してきた。ところが、自由な選挙が行われた結果、モルシ政権が誕生した。

 チュニジア、リビアも、似たような道を辿っている。魔法の瓶から専制という蓋をとったところ、イスラム原理主義という恐ろしい妖怪が放たれた。

 イスラエルを囲む状況の変化

 イスラエルを囲む状況が、一変した。

 昨年11月に、パレスチナ・ガザ地区を支配するハマスが、イスラエルの住宅地にロケット攻撃を加えたのに対して、イスラエルが報復攻撃を行い、多くの死傷者がでた。

 これまで、イスラエルに隣接するエジプト、シリアをはじめアラブ諸国は、表立ってハマスを支援することを控えてきた。

 エジプトとシリアは1973年に、ユダヤ人国家であるイスラエルを滅ぼそうとして、懲りずに第4次中東戦争を仕掛けた。

 ところが、また完敗して、エジプトは1967年の第3次中東戦争で失ったシナイ半島を、シリアもゴラン高原を回復できなかった。シナイ半島はイスラエルとエジプトが平和条約を結ぶことによって返還されたが、ゴラン高原はいまだにイスラエルの占領下にある。

 アラブの独裁政権は、1973年にイスラエルに惨敗してから、損得を計算をして、イスラエルを口先で糾弾しても、イスラエルと戦うことを避けてきた。多くの独裁政権がアメリカと良好な関係を結んでいたことからも、パレスチナ人を厄介視していた。

 しかし、「アラブ民主革命」によって生まれたイスラム原理主義政権は、宗教的情熱によって動かされている。

 チュニジアのアンナハダ党政権は、ハマスの最高指導者イスマイル・ハニエを同国に招いて、共闘することを発表した。

 エジプトのカンディル首相はガザに入って、ハニエとイスラエルの攻撃によって死んだ、赤児の遺体を写真班の前で、2人で抱いて接吻し、イスラエルと対決することを誓った。このようなことは、ムバラク政権のもとでは想像することもできなかった。

 トルコはイスラム圏における民主国家として知られてきたが、イスラム原理主義の高波によって動かされて、イスラエルに対する敵意を強めている。トルコのダブトグル外相もガザ入りをして、アラブ連盟の外相たちとともに、ガザを支援することを表明した。

 ペルシア湾岸の王制諸国も、これまではガザに対して冷淡であったが、はじめてカタールのハマド首長がガザを訪れて、ハマスに4億ドル(約320億円)を献金した。

 イスラエルの隣国のヨルダンのハシミテ王朝が、揺らいでいる。

 ヨルダンはイスラエルとよい関係を結んできたが、人口の過半数がパレスチナ人であり、大規模な反体制デモにさらされている。

 シリアのアサド政権も、崩壊した他の独裁政権と同じ世俗的政権であってきたが、存続が危ぶまれている。アサド政権はシリアを1つにまとめてきたが、倒れる可能性が高い。イスラム原理主義によって、乗っ取られることになるのではないか。

 サウジアラビアの体制

 サウジアラビアは、7世紀にマホメットが定めた『コーラン』の教えどうりに、イスラム法によって治められている神政国家であるが、政治的な自由がいっさいない。

 7000人といわれる王族(プリンス)が権力と富を独占しており、イスラム僧が体制の言うままになっている。そのために、アル・カイーダを生んだ、イスラム過激派の標的となっている。1979年には、イスラム過激派が聖地メッカのカーバ神殿を占拠する事件が起った。

 サウジアラビアでは、税金も、教育費も、医療費もない。王家が厖大な石油収入を使って、民衆をバラマキによって懐柔して、安定を保ってきた。だが、原油価格が下落すれば、中東を洗っているイスラム原理主義の高波によって、王制が倒れる可能性がある。

 アメリカの石油状況の変化

 アメリカは国際エネルギー機関(IEA)の発表によれば、現在進行しているシェール・オイル・ガス革命によって、2020年までにサウジアラビアを追い抜いて世界最大の産油国となり、2035年までにエネルギー(エネジー・)の自給自足を達成する(インディペンデンス)ことになる。

 アメリカのペルシア湾の石油に対する依存度が大きく減ってゆけば、アメリカは財政赤字のもとで、国防費を削るのに苦慮していることから、ペルシア湾から第五艦隊を撤収することになろう。アメリカは第五艦隊をペルシア湾に常駐させているが、そのために年間800億ドル(約6400億円)を支出している。

 イスラエルはイランが「イスラエル抹殺」を公然と唱えて、核兵器開発を進めているので、黙視し続けるわけにはゆかない。イスラエルがイランの核施設に攻撃を加える可能性が、高い。

 アメリカはイランの核開発を交渉と、経済制裁によって押しとどめようとしているが、イランにおいて政変が起らないかぎりは、成功しまい。

 日本は中東という薄氷のうえを、歩んでいる。

 もし、日本が原発を停めて、中東が激動することがあれば、エネルギーの大部分を中東に依存しているために、国民生活が壊滅的な打撃を蒙ることとなろう。原発こそ、日本の国民生活を守っている。

 中国が、もう1つの世界の台風の目である。

 
【加瀬コラム】義勇心なき国民
義勇心なき国民

 尖閣諸島が日本の領土であることは、疑いもない。

 日本政府が明治18(1885)年から尖閣諸島の現地調査を行って、中国清朝の支配下にない無人島であることを確認したうえで、10年後に日本の領土に編入した。

 いまになって、中国は日本が清から略取したと主張して、「日本が盗んだ」「奪われた領土」といって騒ぎたてているが、中国がはじめて尖閣諸島の領有権を主張したのは、昭和46(1971)年に国連アジア極東経済委員会が東シナ海の海底に、巨大なガス田、油田が埋蔵されていると発表した直後のことである。

 中国で11月15日に、習近平新体制が発足した。

 習近平総書記兼中央軍事委員会主席は就任に当たって、「近代以降、中華民族は最も危険な時を迎えたが、中国共産党の創立後は団結して民族の偉大な復興を成し遂げた。引き続き中華民族の偉大な復興のため奮闘努力しよう」と訴え、その翌日、党政治局常務委員の会見で、「中華民族の偉大な復興」を繰り返して強調した。

 さらに、16日の党中央軍事委員会会議で「軍事闘争の準備を最重視する方針を堅持、国家主権と安全、発展の利益を断固守る」と呼びかけた。前の胡錦濤政権が「中国の平和的台頭」を標榜したのに対して、中国の野望を露わにしたものだった。

 中国が尖閣諸島の領有権をはじめて主張した翌年に、田中角栄首相が北京入りして、日中国交正常化が行われた。

 田中首相が尖閣諸島に触れたところ、周恩来首相が慌てて「ここではやりたくない」といって逃げたのを、田中首相が国交正常化を焦ったために、頷いた。

 私は田中内閣によって日中国交正常化が強行された時に、中国が全体主義体制のもとにあるうえに、歴史を通じて邪悪な政治文化を特徴としてきたことから、国交正常化に当たって、日台関係の処理をはじめとして、大きく譲歩したことに反対した。当時、中国は中ソ戦争が生起することに脅えていたから、中国のほうが日本を強く必要としていた。

 昭和53(1978)年10月に、中国の最高実力者だった・小平副首相が来日した6ヶ月前に、中国の百数十隻の漁船が尖閣諸島を取り囲んで、日本政府を狼狽(ろうばい)させた。

 ・副首相は来日すると、尖閣諸島の領土問題を「1972年の合意に基いて棚上げしよう」と提案した。日本側はそのような了解が存在しなかったと否定するべきだったのに、国家にとって領土が生命であるのを忘れて、中国に媚びて受け容れたために、大きな禍根をつくった。

 中国は平成4(1992)年2月に、尖閣諸島を自国領土として規定した「領海法」を制定することによって、中国から言い出した「棚上げ」論を反古(ほご)にしてしまった。それにもかかわらず、宮沢喜一内閣は天皇がその秋にご訪中されることを決定した。

 私はこの年8月に、宮沢内閣が天皇ご訪中について14人の有識者を首相官邸において個別に意見を聴取したが、その1人として招かれた。

 私は陛下が外国に行幸されるのは、日本を代表してその国を祝福されるためにお出かけになられるものだが、中国のように国内で人権を蹂躙している国はふさわしくないうえ、ご訪中によって中国が2月にわが尖閣諸島を領土として含めた領海法を施行したのを、容認することになると反対意見を述べた。

 その後、中国人活動家グループが、香港、台湾と協動して、尖閣諸島領海に不法侵入する事件が、あいついで発生した。そして日本政府は、中国、香港の活動家がわが国の主権を侵す目的をもって魚釣島に上陸したのを逮捕、あるいは検束したのにもかかわらず、中国を刺激するのを恐れて、起訴することなく釈放した。

 日本政府は日本国民のみならず、尖閣諸島が沖縄県石垣市に属しているのにもかかわらず石垣市の市職員まで、現状を変更することになるといって、尖閣諸島に上陸することを禁じてきた。

 野田内閣は中国が尖閣諸島を奪おうと企てるのが明らかになるなかで、尖閣諸島の「平穏かつ安定的な管理」を唱えて、無為無策に終始した。このような日本政府の怯懦な姿勢が、中国をいっそう慢心増長させた。

 野田内閣が平成24(2012)年9月9日に尖閣諸島の国有化を決定したところ、中国政府が激しく反発して、中国全土に大規模な官製の反日暴動が荒れ狂った。

 すると、日本の大手のマスコミによって、日本政府が国有化を決めたことによって、これまで「棚上げ」されて、凍結状態にあった現状を壊したために、中国の反日暴動に火をつけたという見方がひろめられた。

 これは、とんでもない言い掛かりだ。その半年前の3月16日に、尖閣諸島の久場島沖で中国の国家海洋局所属の海洋監視船「海監50」と、もう1隻の中国の公船が、日本領海を侵犯したのに対して、わが海上保安庁の巡視船が警告したところ、「海監50」が「釣魚島(中国側の魚釣島の呼称)を含むその他(尖閣諸島)の島は中国の領土だ」と応答し、逆に巡視船に退去するように要求した。

 これまで、中国公船によるこのような傍若無人な行動はなかった。1978年以降、中国は「棚上げ」の合意を、つぎつぎと恣意的に破ってきた。

 尖閣諸島が、危い。日本は先の大戦において敗戦を喫してから、勇気をまったく欠いた国となってしまった。誇るべき国史と伝統文化――心を捨てるかたわら、軍事にまつわるいっさいを危険視して、物質的な快楽のみをひたすら追求してきた。そのために、中国、韓国、ロシアだけではなく、諸外国から侮られる国となっている。

 戦後の日本を企業に譬(たと)えていえば、「平和主義」を国是として、外国であるアメリカに国防を過度に依存して、経済のみに専念してきたビジネスモデルが、いまや完全に破綻している。

 多くの国民が日本が「平和主義国家」であることを誇ってきたが、他人に縋(すが)って贅沢な暮しをしているのを、自慢しているのとかわらない。卑しいことである。

(私の中国論については、石平氏との対談『相手が悪いと思う中国人 相手に悪いと思う日本人』<ワック文庫>を読まれたい。)

 
【加瀬コラム】精神主義が日本の防衛を危うくする
精神主義が日本の防衛を危うくする

10月の経営塾フォーラムに出席したところ、何人かから口を揃えたように、「オバマとロムニーのどちらが、日本にとっていいですか?」と、たずねられた。

 知人に会うたびに同じことをきかれるので、辟易していたところだった。

 日本が情けないことに、国家の安全をまるでアメリカに飼われた仔犬のように、依存しているからだろう。

 尖閣諸島が、危ない。歴代の政府が無為無策に終始してきたが、日本国民が事を荒立てることを恐れて、国防を疎かにしてきたからだ。そのために、中国に侮られた。

 先の敗戦から独立を回復して60年もたつのに、いまだに現実を無視して、軍事を忌み嫌う風潮が国民精神を支配している。自衛隊があるといっても、尖閣諸島1つ自分の力で守る力がない。かつての日本が丸裸ならばよいという非武装中立論に、毛が生えたほどの軍事力しかない。

 平和さえ唱えていれば、安全が守られるという平和主義は精神主義であるが、現実に目を背けている。昭和20年の敗戦は日本民族にとって、幕末の黒船襲来による開国と同じ、驚天動地のことだった。

 昭和20年まで軍国主義を礼讃していたのに、武にまつわる一切を弊履のように捨てて、平和主義を崇めるようになった。今日の日本国民の大多数が、軍は危険なものだとみなしている。明治初年に廃仏毀釈を行って、それまで後生大事に拝んでいた仏像を壊して、燃やした繰り返しだった。

 先の大戦で戦局が絶望的になると、昭和19年から特攻攻撃が行われた。ほどなくすると、特攻作戦が戦略となって、軍が臆面もなく「一億総特攻」を呼号するようになった。世界史のなかで、特攻作戦を国家戦略としたのは、日本だけである。

 特攻が戦術ではなく、戦略になったのは、非合理もはなはだしかったが、当時の朝日新聞の紙面から『主婦之友』の表紙まで、「一億特攻」の文字が踊っていた。

 私は武道にかかわってきたが、ことさらに心を強調する。日本の武術は、江戸時代を通じて250年以上も泰平の世が続いて、戦うことがなかったために、精神的なものに偏るようになった。

 武術が精神的なものになったのは、日本だけである。世界から見れば、これは奇異な現象だ。武道では計算を離れて、気を集中して、無心であることが尊ばれる。

 先日、刀匠をたずねて、週末を過した。日本刀の形が平安時代後期から1000年以上も、まったく変わっていないことに、あらためて驚いた。戦乱が続いた中国では、戦場の用途によってさまざまな刀が、つくられてきた。

 日本では武器よりも、精神が重んじられた。剣豪小説を読むと、敵と命のやりとりを行うなかで、無心の境地とか、無欲の勝利という言葉がしばしばでてくる。精神が現実に打ち克つのだ。「きりむすぶ太刀の下こそ地獄なれ。踏み込んでみよ極楽」といわれるが、特攻精神と結びつくものだろう。

 敗戦後の今日、日本国民の心を支配している平和主義は、前大戦における「一億総特攻」とまったく同じものだ。

 私の仕事場は国会の近くにある。よく左や、右の「××ハンターイ」という呼び声が聞えてくる。竹竿売りや、金魚売りの声音と変わらない。民族の原型は変わらないのだ。

 
【加瀬コラム】日本の大きな問題点 政治が風によって動かされる
日本の大きな問題点 政治が風によって動かされる

 今年は世界的な異常気象のためか、東京でもしばしば突風に見舞われた。

 風のいたずらによって、わが家でも鉢植えが転がされたり、近所から玄関先に太い枝が飛んできた。

 石原慎太郎氏が都知事を辞職して、総選挙へ向けて新党を立ちあげることを発表すると、マスコミが大騒ぎして、旋風をひきおこした。

 日本の新聞や、テレビはことさら〃風〃を好んでいる。社員を養うために、せわしく日銭を稼がねばならないので、世論の隙をついては、“風神”をつくりだす。

 石原氏がもっとも新しい風神となった。慎ちゃんはヨットマンだ。石原新党が帆をあげるが、日本の新しい船出に向けて、私も友人たちとともに強い追い風を起したいと思う。

 日本のマスコミは、飽きっぽい。ついこのあいだまでは、橋下徹大阪市長が全国に風を起して、政界再編の目だと囃したてられた。

 私は橋下氏が大阪府知事となって以来、教育正常化や、行政改革を果敢に断行して、いまの日本を立て直すのに必要な破壊力を存分に発揮してきたのを、評価してきた。
 
 “維新の会”が国政に進出するのに当たって、国民倫理を前面に押し出し、教育正常化、領土を自力で守る防衛力整備、政党交付金の大幅な削減などを唱えたのに、共鳴した。

 橋下氏は「日本人は自国の歴史を学び直すべきだ」と訴え、韓国が慰安婦を強制連行したというなら、「強制したという証拠を出せ」と反論したのにも、喝采した。

 だが、橋下氏は軽いところが目立ち、まだ分からないところが多い。

 私は異常な“維新の会”のブームに、深い不安を覚えた。

 日本の民主政治に、周期的に「風」が吹いてきた。この30年ほどこのような「風」が、日本の民主主義の特徴となっている。

 平成元年の衆議院選挙で、日本社会党が土井たか子委員長のもとで、議席を倍以上に増した。マスコミが「マドンナ旋風」と呼んで囃し立てたが、土井氏が「山が動いた」といって、小躍りした。

 小泉首相が平成13年に「自民党をぶっ壊す」といって、郵政改革を訴えた総選挙で、自民党が圧勝した。3年前に民主党が「政権交替」を叫んで、鳩山内閣が登場した時にも、マスコミは「風が吹いた」といって、盛んに喝采した。

 なぜか、日本国民は内容がよく分からない新しいものに、憧れる性癖がある。3年前の総選挙では、みんなの党がそのコミック的な党名によって、高い人気を博した。

 これらの「風」は、みな、一過性のものだ。平成13年に誕生した“小泉チュルドレン”は、その後の「風」によって、芥(あくた)のように散ってしまった。3年前にバッジをつけた“小沢チュルドレン”も、「風」とともに去ることとなろう。みんなの党も賞味期限が切れて、よろめいている。

 橋下市長自身も、自分の「賞味期限は2年間だ」と語ったと、伝えられている。

 天下の公党が候補者を公募するのも、日本だけのものだ。日本に独特な奇観だ。

 橋下市長が大阪維新の会をつくって、塾生を公募したところ、国会議員を含む3326人が応募したという。あの時点では、みんなの党の人気がまだ高かったが、もしみんなの党が、同じような塾を開設したとしたら、維新の会によってはねられた者が、殺到したにちがいなかった。

 「風」が周期的に吹くのは、日本では民主主義が国民のあいだに、しっかりとした根を降ろしていないためである。

 アメリカや、カナダや、ヨーロッパであれば、政党の日常活動がボランティアの学生、社会人から、高齢者まで厚い層によって支えられている。その支持者のなかから、ふさわしい候補者が選ばれる。

 私は4年前まで松下政経塾の役員を長くつとめて、相談役として退任したが、現在、36人の卆塾生が国会議員をつとめている。そのほとんどが、民主党に所属している。なぜかといえば、自民党は世襲議員が多く、選挙区の空きがないからだ。

 卆塾生のうち民主党議員が圧倒的に多いのは、政策や、綱領や、信念と関係がない。ただ胸にバッジをつけたい一心で、選挙区の空きが多い民主党に、雪崩れ込んだためである。

 私は民主党の1年生議員のなかで、3つの党に応募して、バッジを射止めた者を知っている。日本では政冶が国民の日常生活から、浮き上っている。
 
 本来、日本語で「風」といったら、思わしくない言葉だった。よい言葉といったら、「そよ風」ぐらいのものだろう。

 風の吹回(ふきまわ)し、風任(まか)せといえば、定見がないことだ。男や女が心変わりするのを、風吹きといった。

 江戸時代には「かぜを負うた」というと、物怪(もののけ)に取り憑かれたことをいった。「あの人は風に当たった」といえば、人に災いする魔風のことだった。風は疫病神であり、「風の神払い」といって、仮面をかぶって太鼓を打ち鳴らして、軒々金品を貰い歩く辻乞食がいた。

 地方では風の神に見立てた人形を作って、鉦や、太鼓ではやしたてて、厄除けを行った。いまでも農村へ行くと、風害を免れて豊作になるように祈願する、風神祭が行われている。

 マスコミは、風の魔神だ。風袋をかついで、風害を撒き散らしている。

 いまでは、政界で「風」はよい言葉になっているが、「風」は政治を不安定なものにしている。

 煽ることが、ジャーナリズムの生業(なりわい)であることは、戦前から変わらない。マスコミは何であれ、騒ぎを好む。劣情を刺激するポルノと変わらないが、そうすることによって、紙数が増え、視聴率があがる。

 江戸時代には、流行神(はやりがみ)現象があった。ある祠(ほこら)を詣でると、大きな御利益があるという噂がひろまる。すると、群集がそこに殺到する。ところが、長続きしない。いつも、一過性のものだった。

 しばらくすると、ちがう祠か、寺か、社を詣でると、福運がつくという風聞がひろまる。人々が、そこへ集まる。流行神は花が咲いてぱっと散るから、「時花神」とも呼ばれた。

 お蔭参りは江戸時代におよそ60周期で起ったが、伊勢神宮に参詣すると大きな御利益があるという噂がひろまって、老いも若きも日常生活の規範を離れて、街路に飛び出し、奔流のように踊り浮かれて、伊勢へ向かった。

 最後のお蔭参りは、幕末の慶応3年に起ったが、当時の日本の人口の1割に近かった200万人以上が、全国から伊勢を目指した。路々で周辺の家に土足であがり込み、饗応を強いるなど、狼藉を働いた。

 平成に入っても、日本ではお蔭参りが続いている。反原発デモも、その類である。

 日本は国政選挙のたびに、魔風にあおられて、ダッチロールする。国民が日常の政治に、かかわろうとしないから、政治が国民生活から浮き上ってしまう。

 日本国民は日頃、ゲルマン民族のように規律を守って地道に生きると思うと、周期的にラテン民族のように浮かれて、空ら騒ぎする。

 アングロサクソンや、ゲルマン民族であれば、新しいものに警戒心をいだく。かりに多少の欠陥があっても、多年使い慣れたもののほうが、安心できるものだ。ところが、日本国民は政治の場にまで、「女房と畳は新しいほうがよい」という感覚を持ち込む。

 いまの日本では、「御皇室が危ない」から始まって、日本経済、外交、国防、教育、医療制度と、何ごとにでも「危ない」をつけることができる。「危ない」の氾濫だ。

 この国を立直すためには、危なくない人々に国政を委ねるほかない。

 
【加瀬コラム】いますぐ尖閣諸島に陸上自衛隊を駐屯させるべき
いますぐ尖閣諸島に陸上自衛隊を駐屯させるべき

  これまで日本は平和憲法の発想によって思考を停止して、世界の現実を直視する力を失って、ひたすら外国と摩擦を生じるのを恐れ、平和国家ぶって得意になってきた。

 私はもう20年も前から尖閣諸島に、陸上自衛隊の1コ中隊を交替で駐屯させるべきだと、論じてきた。

 中国は海軍の拡張に乗り出したばかりだった。日本の経済協力と投資に餓えていたから、口先で抗議しても、既成事実として認めざるをえなかったはずだった。

 私はやがて中国が軍事力を増したら、尖閣諸島をかならず盗りにくると予想した。

 防衛省は中国が傍若無人に振る舞うために、離島奪還のための戦闘訓練と装備の調達を、あわててはじめた。来年度予算ではじめて、水陸両用車をたった4輌でしかないが、購入することになった。

 ところが、わが自衛隊にはもし尖閣諸島が奪われた場合に、奪還する能力がまったくない。

 陸上自衛隊の実力部隊として、那覇に1000人程度の第15旅団がいるだけだ。沖縄本島から与那国島まで、514キロにわたって先島が連なっているのに、宮古島にレーダ基地があるだけで、この間に実戦部隊はゼロだ。

 旅団といっても、諸外国なら連隊に当たる人員数だ。連隊だったら連隊長が佐官で足りるのに、将官のポストづくりのために、旅団となっている。連隊も大隊の規模でしかないのにもかかわらず、佐官のポストづくりのために、連隊となっている。

 ついこの間まで、日本社会党が上陸戦闘のための水陸両用車が攻撃的な兵器だといったために、認められなかった。同じことが、航空自衛隊が今日でも戦闘機として飛ばしているF4Jについても、あてはまった。

 F4にせっかく爆撃装置がついていたのに、「侵略的だから」といって、採用にあたって外された。そこで、アメリカ国防省では〃J〃が、ジャパンのJではなく、「欠陥商品(ジャンキー)のJ」だと、嘲っていた。

 どうして自由陣営において、アメリカに次ぐ第2位の経済大国である日本が、尖閣諸島という小島をめぐって日中が武力衝突した場合に、まず独力で守ることができないのか。はじめからアメリカ軍にすべてを頼るのでは、アメリカの世論が納得しない。

 それでもアメリカ軍に縋るほかないが、アメリカは尖閣諸島に限定された侵攻の場合には、日本が独力で対応し、衝突が拡大する場合は、日米安保条約を適用するといっている。

 日本国民の多くが日本が「平和国家」であることを誇ってきたが、他人委(まか)せの贅沢を見せびらかして、自慢するのと同じように浅はかなことだ。軽蔑しか、招かない。

 他人委せの平和を誇ることはできない。日本国民に平和を愛していると、言える資格はまったくない。

 戦後、アメリカの絶対的な軍事保護が、日本人から国家意識を失わせるのに当たって、決定的な力を持った。日本はどの独立国であっても持っているべき国家精神を、捨ててしまった。

 もし、中国の海上民兵である漁民が、魚釣島に大挙上陸して、事前に島にあがったわが警察官か、海上保安官が人質となり、人民解放軍が自国民を保護すると称して出動したら、どうするのか。いまからでも、武装要員を駐留させるべきである。
 
 
11/22(月)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内
11/22(木)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内

石原慎太郎氏が先週25日、都知事を辞職して新党結成を宣言し、「第三極」の核となりつつあります。
「自民党には飽きたが、民主党には呆れた」有権者がどのような選択をするのか岐路にさしかかっている中、志を共有し、第4の国難に立ち向かう私たち志士経営者倶楽部は、わが国をどのようにして再生してゆくのか、具体的に問題を提起して皆様と意見を交わしたいと存じます。
当倶楽部定例交流会では、加瀬英明先生の講話に加えて「約420万社の中小企業を救う300兆円規模の日本版SWF
(政府系ファンド)の創設」を柳瀬理事長より発表し、具体的な再生施策を提言いたします。
ご期待下さい。

□日 時 11月22日(木) 午後6時30分〜午後8時45分(受付開始/午後6時より)
□会 場 東京グリーンパレス(地下1階・会議室)
      ・住 所 東京都千代田区二番町2番地
       http://www.tokyogp.com/access/index.html
      ・電話番号 03-5210-4600
      ※日本テレビ麹町社屋の隣ビル、イスラエル大使館前にございます。
<最寄駅> ・東京メトロ有楽町線「麹町駅」5番出口 徒歩1分
      ・JRまたは都営地下鉄新宿線、東京メトロ南北線 市ヶ谷駅 徒歩7分
      ・JRまたは東京メトロ南北線 四ツ谷駅 徒歩7分
      ・東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅 徒歩5分


『志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)』
第1部 勉強会(午後6時30分〜午後7時35分)
     ・講 話 加瀬英明名誉理事(20分)
          http://www.kase-hideaki.co.jp/ryakureki.html

     ・佐々木俊夫「いまさら聞けない領土問題ー尖閣、竹島、北方領土は明らかに日本領土ですー」(10分)
     ・柳瀬公孝「めざせ!共生社会の国づくり〜拡大再生産から高質再生産へ(高付加価値社会)」(10分)
     ・約420万社の中小企業を救う300兆円規模の日本版SWF(政府系ファンド)の創設発表(5分)
     ・質疑応答討論会(20分)

第2部 懇親会(午後7時40分〜午後8時45分)
      ・初参加者紹介
      ・法人会員PR

□懇親会(飲食を供します)
□会 費  会員 6,000円  ゲスト(非会員)8,000円
□参加申込方法(事前申込制)
食事と席の都合がございますので、ご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
11/19(月)までに下記メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、ゲスト(非会員)様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号
…………………………………………………………………………………………………………

※お車でご参加くださる場合、何台か駐車場を御用意できますので事前にお申し出ください。

※志士経営者倶楽部は国難に際して、救国の志を温め合う場であり、祖国再生のために立ちあがる人々の交流の場です。そして、企業経営の経験を政治の場に生かして、具体的に政策を提案、推進することを目的とする団体です。
参加者相互の事業協力や共同事業は協力致しますが、会員や参加者に対する商品販売や出資や借入を申し込むといった行為、および宗教の勧誘やネットワークビジネス(MLM・連鎖販売取引)への勧誘は会の趣旨に反しますのでお控えください。

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
http://www.shishikeieishaclub.jp/
http://www.youtube.com/user/minnadetv
【加瀬コラム】領土問題に見る寛容は無責任の裏返し
領土問題に見る寛容は無責任の裏返し

 尖閣、竹島、北方領土をめぐって、日本は中韓露3つの国から、思うままに翻弄されている。

 20年前までは、考えられなかったことだ。これらの国は、日本に対して今よりも節度をもって接していた。

 これも、歴代の政府が中韓露3ヶ国に対して、できるだけ刺激しないように、戦戦兢兢として対応してきたからだ。

 中国の活動家7人が尖閣諸島の魚釣島に強行上陸した時にも、巡視船に投石したにもかかわらず、穏便に処理するために、送検することなく、強制退去処分ですませた。

 考えてみると、日本はこれらの活動家に対して、非礼を働いている。怪しげな性風俗店で働く中国人女性を逮捕すると、不法滞在や、不法就労のかどで強制送還するが、愛国の至情に駆られて、日本の主権を侵犯した活動家たちを、売春婦扱いにしてよいものか。

 活動家たちは香港へ戻ると、中国のテレビが凱旋将兵もどきに歓迎したが、またすぐに尖閣諸島に上陸すると、気勢をあげていた。きっと、戻ってこよう。

 政府は韓国の李明博大統領が竹島に上陸し、得意になって、天皇に対して非礼きわまる発言を弄した時も、そうだった。韓国に対して経済制裁を加えるほかない。

 少なくとも竹島に上陸したり、ソウルの日本大使館前の慰安婦像のまわりで反日デモを行う者には、日本への入国ビザを発給しない措置を講じるべきである。

 “躾けの悪い少年”

 野田首相は中韓両国による不法行為に対して、口では「遺憾」だというものの、いたずらに「冷静な対応」が望ましいと繰り返すのみで、毅然たる態度を示そうとしなかった。

 このような態度は、日本と3ヶ国との親善を、大きく損ねるものである。これまで政府が無責任に対応してきたことが、中韓露3つの国を増長させたために、日本国民が3ヶ国に対する嫌悪感を募らせてきたから、かえって日中、日韓、日露関係を悪化させることになっており、望ましくない。

 森本敏防衛相が李大統領が竹島に上陸した直後に、「これは韓国の内政事情が引きおこしたもので、外国の内政に干渉してはならない」と発言したが、お粗末きわまりない。即刻、馘首すべきだった。知的障害を患っている者を、防衛大臣であるべきでない。
 
 もっとも、日本の主権を侵す国々に対して、毅然たる態度を示すことができないのは、日本の国内問題の延長である。

 3つの国は、躾けが悪い少年によく似ている。

 いまの日本は、どこを捜しても、子どもを厳しく育てる父親がいない。父親たる責任を放棄して、甘やかしている。

 私は浅草名物の雷おこしを口にするたびに、雷門はまだあっても、雷オヤジを懐かしく思い出す。

 この国から雷オヤジがいなくなってしまった。私が幼かったころには、餓鬼仲間と悪さをするたびに、近所の雷オヤジが大声で怒鳴ったものだった。

 戦後の日本では、人が寛容であることが、よいこととされている。しかし、あらゆることについて寛容であるのは、責任をとることを恐れているからだ。心神喪失しているから、禁治産者とするべきだ。

 ちなみに、雷おこしは江戸時代に浅草で、雷門に家を起こすをかけて、縁起物として生まれたものである。日本を興そう。

 
 
【加瀬コラム】読書が知性と品格もたらす
読書が知性と品格もたらす

読書の秋がきた。

 かつて洋夷(アメリカ)の占領下で、アメリカが強制するスクリーン(ハリウッド映画)、セックス、スピードの3つのS政策が、日本国民をすっかり堕落させたといわれた。

 いまでは、日本国民はテレビのスクリーン、携帯電話のスクリーン、パソコンの3つのスクリーンのSによって、自らを堕落させて、亡国を招いている。

 日本はテレビの放映を1年間禁じたら、よい国として立ち直れるだろう。

 原発を停めたために、この夏は電力が不足することになるが、テレビの深夜の放映と、パチンコ店の営業をやめさせるべきだ。

 それに、自動販売機も、駅で切符を発券するほかに必要がない。

 食物は免状と同じように聖なるもので、人の手から受け取るべきものだ。路上で飲み食いすることによって、ふしだらな国民をつくっている。野良犬が道に落ちている屑を食べているようで、見苦しい。

 携帯電話は、饒舌な国民をつくる。言葉はもっぱらエゴを主張することと、言い訳をするために使われるから、人は無口がよい。

 電話だと、テレビのキャスターのように深く考えないで、思いついたままつまらないことを話す。全国民が携帯電話を捨てて、手紙を書くようになれば、高齢者も、若者も、思慮深くなろう。

 携帯電話とパソコンは、バラバラに解体された知識の破片を取り出すことに、用いられる。頭に細分された破片を大量に詰め込むから、脳障害を生じる。

 エレベーターに乗っても、レストラン、食堂でも、どこへ行っても、無惨に細切れにされたBGMという音楽の破片――バックグラウンド・ミュージックが鳴っている。典型的な雑音であって、焦ら立たしい。きっと、物事を何でも細切れにしないと気がすまない、変質者の男女に適っているのだろう。

 今日ではなぜか、人々がたいした用事もないのに、全員が宅急便になったかのように、急いでいる。急ぐと情緒が不安定になって、深刻な精神障害をひき起す。

 やはり、読書が人に高い知性と、品格をもたらしてくれる。どのような本を読むべきか、質問されたら、私の著書をお求めになって、読まれることをおすすめしたい。

※『なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか』(祥伝社新書)・『ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたのか』(祥伝社新書)・『徹底解明!ここまで違う日本と中国』(自由社)他多数
 
 
10/22(月)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内
10/22(月)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内

自民党には飽きたが、民主党には呆れた有権者が、また維新の会に淡い期待を抱いて三度目の過ちを繰り返そうとしています。このまま、わが国が立ち直るきっかけは永遠に訪れないのではないでしょうか。
志を共有し、第4の国難に立ち向かう私たち志士経営者倶楽部は、わが国をどのようにして再生してゆくのか、具体的に皆様と意見を交わしたいと存じます。
そこで、当倶楽部定例交流会では、加瀬英明先生の講話に加えて「あなたなら日本をどう変えますか?〜新しい国づくり〜」をテーマにしたコーナーを設けます。
ご期待下さい。

□日 時 10月22日(月) 午後6時30分〜午後8時30分(受付開始/午後6時より)
□会 場 東京グリーンパレス(地下1階・会議室)
      ・住 所 東京都千代田区二番町2番地
           http://www.tokyogp.com/access/index.html
・電話番号 03-5210-4600
      ※日本テレビ麹町社屋の隣ビル、イスラエル大使館前にございます。
<最寄駅> ・東京メトロ有楽町線「麹町駅」5番出口 徒歩1分
      ・JRまたは都営地下鉄新宿線、東京メトロ南北線 市ヶ谷駅 徒歩7分
      ・JRまたは東京メトロ南北線 四ツ谷駅 徒歩7分
      ・東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅 徒歩5分


『志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)』
第1部 勉強会
     @講 話 加瀬英明名誉理事
         http://www.kase-hideaki.co.jp/ryakureki.html

     A「わたしなら日本をこう変える」
         ・鈴木紋子様「将来の日本を担う子供のために大人教育を」
         ・佐々木俊夫「いまさら聞けない日本の真実を明らかにする〜領土問題〜」
         ・柳瀬公孝「共生主義が日本を救う」

第2部 懇親会
      ・初参加者紹介
      ・法人会員PR

「わたしなら日本をこう変える」はレギュラーコーナーとして、今後、順次会員の皆様に発言して頂きます。
ご希望の方は事務局までお申し出ください。

□懇親会(飲食を供します)
□会 費  会員 6,000円  ゲスト(非会員)8,000円
□参加申込方法(事前申込制)
食事と席の都合がございますので、ご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
10/18(木)までに下記メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、ゲスト(非会員)様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号

…………………………………………………………………………………………………………

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
http://www.shishikeieishaclub.jp/
http://www.youtube.com/user/minnadetv
9/20(木)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内
9/20(木)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内

各位には日頃から志士経営者倶楽部の活動にご賛同くださり、厚く御礼申し上げます。
月に1回の開催とし、従来通り加瀬英明先生の御講話を伺い、食事をしながら皆様との交流を図る場です。
前回より新会場に場を移し、大変好評をいただきました。
志士経営者倶楽部の中心的な活動として、皆様の積極的なご参加をお待ち申し上げます。
また、是非ともお仲間をお誘い合わせのうえご参加下さい。

〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)・事前申込制〜
□日 時 9月20日(木) 午後6時30分〜午後8時30分(受付開始18:00〜)
□会 場 東京グリーンパレス(地下1階・会議室)※駐車場を御用意できませんのでご了承ください。
     ・住 所 東京都千代田区二番町2番地
http://www.tokyogp.com/access/index.html
※日本テレビ麹町社屋の隣ビル、イスラエル大使館前にございます。
・電話番号 03-5210-4600
<最寄駅>・東京メトロ有楽町線「麹町駅」5番出口 徒歩1分
      JRまたは都営地下鉄新宿線、東京メトロ南北線 市ヶ谷駅 徒歩7分
      JRまたは東京メトロ南北線 四ツ谷駅 徒歩7分
      東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅 徒歩5分
□講 話  加瀬英明名誉理事
      http://www.kase-hideaki.co.jp/ryakureki.html
□懇親会(飲食を供します)
□会 費  会員 6,000円  ゲスト(非会員) 8,000円
□参加申込方法(事前申込制)
 食事と席の都合がございますので、ご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
 9/18(火)までに下記メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、ゲスト(非会員)様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号

…………………………………………………………………………………………………………

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
http://www.shishikeieishaclub.jp/
http://www.youtube.com/user/minnadetv
【加瀬コラム】大東亜会議で人種平等を宣言
大東亜会議で人種平等を宣言

 来年11月に、先の大戦下で大東亜会議が東京で行われてから、70周年を迎える。

 昭和18(1942)年に催された大東亜会議には、アジア7ヶ国の首脳が集ったが、有色人種による史上はじめてのサミットとなった。

 私は大東亜会議70周年を記念する、盛大なセミナーを開催する準備を進めている。

 第2次大戦前にアジアにおける独立国といえば、日本、中国、タイ、満州国の4ヶ国しかなかった。大東亜会議はこれらの4ヶ国に、大戦中に日本の手によって独立した、フィリピン、ビルマ(現ミャンマー)と、自由インド仮政府の首脳が加わった。

 大東亜会議を発案したのは、東條内閣の重光葵外相だった。私の父・俊一は重光外相の政務秘書官と北米課長を兼任していたが、重光が開戦前に駐英大使だったロンドン時代から、一心同体だった。

 重光も、父も、敗戦が必至だと考えていた。そこで、日本が敗れても、アジアを解放するために戦ったという大義を遺すことが、戦後、日本の国際的地位を回復する手立てになると、信じた。アジアの首脳が一堂に会して、「人種平等の原則」を宣明する、人類史的な会議を催すことを、考えた。

 重光と俊一は三番町(現・九段南2丁目)の重光邸で幾晩も徹夜して、「大東亜宣言」案を、英文で起案した。世界を覚醒することが目的だったから、英語が正文であるべきだった。そのうえで、俊一は重光の意を受けて、東條英機首相を首相官邸にたずねた。

 東條首相に「大東亜宣言」案の邦訳を手渡して説明すると、破顔一笑して、「これでゆこう」といった。俊一が「これを外務省案となると、軍が異議を唱える恐れがあるから、軍部から提案するようにしていただきたい」と要請すると、東條が深く頷いた。

 11月に入ると、アジアの首脳が次々と到着した。中国南京政権の汪精衛国民政府行政院長、タイのワンワイタヤコン首相代理殿下、満州国の張景恵国務総理、フィリッピンのラウレル大統領、ビルマのバー・モウ首相と、「自由インド仮政府」のチャンドラ・ボース首席である。

 会議は11月5日、6日の両日に、帝国議事堂(現・国会議事堂)で開催された。会議は「大東亜宣言」を、満場一致で採択した。

 宣言の日本文は、アジア各国が協同互恵の原則のもとに伝統を重んじ、創造性を伸張して、文化を昂揚し、経済を発展させ、「道義ニ基ヅク共存共栄ノ秩序ヲ建設ス」という趣旨だった。末項は「万邦ト交誼ヲ篤ウシ、人種的差別ヲ撤廃シ、普ク文化ヲ交流シ、進ンデ資源ヲ開放シ、以テ世界ノ進運ニ貢献ス」と、述べていた。

 チャンドラ・ボースはオブザーバーとして参加したが、会議における演説を「大東亜宣言」が、「全世界の被抑圧国民の憲章である」という言葉によって、結んだ。

 重光はルーズベルト大統領とチャーチル首相が、昭和16年(1941)8月に発表した、大西洋憲章を意識していた。大東亜宣言は日本の世界史的な使命を訴える、大西洋憲章にはるかに優るものとなるはずだった。

 大西洋憲章は「すべての国民がその政体を選択する権利を尊重する」と約束していたが、白人だけを対象としたものだった。西洋の支配のもとにあった有色人種は除外されていた。

 もとより前大戦は、開戦の詔勅が「帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為蹶然(けつぜん)起ツテ一切(いっさい)ノ障礙(しょうがい)ヲ破碎(はさい)スルノ外ナキナリ」と述べているように、アメリカによる理不尽な圧迫に耐えかねて、自存自衛のために立ち上がったものだった。

 しかし、日本が大きな犠牲を払ってアジアを解放し、その高波がアフリカも洗うことによって、人種平等の理想の世界が招致された。

 ヘンリー・S・ストークス氏は、ニューヨーク・タイムズ、ロンドン・タイムズなどの東京支局長を歴任した、イギリスの大記者である。この8月に、私とともに著した『なぜアメリカは対日戦争を仕掛けたのか』(祥伝社)が刊行されたが、同氏が第2部「ペリーからマッカーサーまで」を執筆している。

 ストークス氏はこのなかで、日本が先の大戦で侵略戦争を戦ったのではなく、「いったん戦端が開かれると、アジア人のためのアジアを創造する、強い情熱によって駆られた。これこそ、日本人による大きな国際貢献だった」と、説いている。

 そして、大東亜会議が「人類に人種平等をもたらした、出発点となった。まさに日本史における、輝かしい一瞬だった。今日、日本の多くの学者が大東亜会議は日本軍部が『占領地の傀儡』を集めて、国内向けに宣伝のために行ったと唱えている。このような日本人こそ、日本を精神的に支配しようとする外国の傀儡ではないか」と、述べている。

 そして、「当時の日本人にとって、アジア解放は大義だった。いまの日本人に、そのような気概があるだろうか。(中略)今日、日本がアジア諸国から尊敬されなくなったのは、アメリカに追従して、経済利益だけを追求して、先の大戦に敗れるまでいだいていた気高い精神を失ったからにちがいない。歴史を失った国には、品格がない」と、断じている。

 アメリカで1960年代に、黒人に対するいわれない差別が廃止され、黒人の大統領が登場したのも、日本が先の大戦によって、人種平等の世界を実現したからだった。

8/20(月)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内
8/20(月)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内

各位には日頃から志士経営者倶楽部の活動にご賛同くださり、厚く御礼申し上げます。
月に1回の開催とし、従来通り加瀬英明先生の御講話を伺い、食事をしながら皆様との交流を図る場です。
会場が狭くなってきたため、このたび新会場で定例交流会をする運びとなりました。
会場変更に伴い、会費を1,000円上げさせていただきますこと、御了解いただけたらと存じます。
皆様のご協力を頂きながら、楽しくも意義ある会合に育てて参りたいと存じます。
志士経営者倶楽部の中心的な活動として、皆様の積極的なご参加をお待ち申し上げます。
また、是非ともお仲間をお誘い合わせのうえご参加下さい。

〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)・事前申込制〜
□日 時 8月20日(月) 午後6時30分〜午後8時30分(受付開始18:00〜)
□会 場 東京グリーンパレス(地下1階・会議室)※駐車場を御用意できませんのでご了承ください。
     ・住 所  東京都千代田区二番町2番地
 http://www.tokyogp.com/access/index.html
※日本テレビ麹町社屋の隣ビル、イスラエル大使館前にございます。
・電話番号 03-5210-4600
<最寄駅>・東京メトロ有楽町線「麹町駅」5番出口 徒歩1分
      JRまたは都営地下鉄新宿線、東京メトロ南北線 市ヶ谷駅 徒歩7分
      JRまたは東京メトロ南北線 四ツ谷駅 徒歩7分
      東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅 徒歩5分
□講 話 加瀬英明名誉理事
      http://www.kase-hideaki.co.jp/ryakureki.html
□懇親会(飲食を供します)
□会 費  会員 6,000円  ゲスト(非会員)7,000円
□参加申込方法(事前申込制)
食事と席の都合がございますので、ご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
8/10(金)までに下記メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、非会員様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号

…………………………………………………………………………………………………………

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
http://www.shishikeieishaclub.jp/
http://www.youtube.com/user/minnadetv
【加瀬コラム】尖閣諸島周辺の抑止力を強化せよ
尖閣諸島周辺の抑止力を強化せよ

丹羽宇一郎駐中国大使が、東京都による尖閣購入が「中国を刺激して、日中関係にきわめて深刻な危機をもたらす」と、発言した。
 
 丹羽“前垂れ”大使閣下は、外交官として資格がない。隣国に対して非礼ではないか。

 もっとも、自民党政権も、民主党政権も、「中国を刺激してはならない」と口癖のようにいって、日本国民どころか、石垣市職員にも、尖閣諸島に上陸することを禁じてきた。尖閣諸島は石垣市内にある。

 「刺激してはならない」というのは、善良な住民のすぐ隣りに、暴力団が組事務所を構えていて、ひたすら戦戦兢兢としているのと変りがない。きっと、おそろしい面相をした団員が、時々、庭先を覗いたりするのだろう。

 これでは、私たちが親しくしなければならない隣国の中国を、不法な暴力団扱いにしてしまっている。

 だが、アメリカを刺激してはならないとか、インドを刺激してはならないとか、フィリピンを刺激してはならないとは、いわない。

 ということになると、中国、南北朝鮮、ロシアを、まるで暴力団のように恐れていることになる。

 私は1979年に中国に、はじめて招かれた。いまでも、中国と親しくしている。

 このあいだ、都内のパーティで中国の高官と再会した。「先生は中日友好の井戸を掘って下さった1人ですから、今後も期待しています」と、褒めてくれた。

 私は鄭重に礼を述べてから、「日本では安心できない国に対して、友好関係といいます。日中友好、日露友好、日朝友好に対して、日米親善、日比親善、日印親善というように、直観的に使い分けています。ご一緒に、日中親善関係を築くために努力しましよう」と、答えた。

 なぜ、隣国をこのように恐れなければならないのか。

 日本は中国が、毎年、中国側の発表によっても、軍事予算を2桁で増してきたのにもかかわらず、自民党政権から始まって、民主党政権になって、10年以上も、毎年、防衛予算を削ってきた。

 尖閣諸島のまわりは、僅か4隻の海上保安庁の巡視船が常時警戒に当たっている。ときには、尖閣周辺に100隻以上の中国漁船が現われる。武装した海上民兵が乗っている。

 日本は自らの手で、尖閣諸島周辺に力の空白をつくりだしている。

 このままでは、中国はかならず尖閣諸島を、力づくで盗りにこよう。北京では「収回琉球国解放沖縄」の横断幕を持って、五星紅旗を翻したデモが起っている。

 中国のインターネットには、「中華人民共和国琉球自治区」や、「中華民族琉球自治区」の記事が載っていて、日本でも検索できる。

 「琉球共和国憲法」から、「国旗」まで載っている。なぜ、駐中国日本大使館は強硬に抗議して、削除するように要求しないのか。

 中国は今年に入って尖閣諸島の71の島々を、すべて命名した。まるで反社会勢力の団員がわが家の塀に、勝手に組の代紋を貼りつけるようなものだ。

 私は20年以上前から、中国がかならず尖閣諸島を奪いにくるから、最大の魚釣島に陸上自衛隊1ヶ中隊を常駐させるべきだと、主張してきた。いったん民兵に占拠されてしまったら、奪回するのはきわめて困難だ。

 中国と健全な親善関係を結ぶためには、臆せずに、抑止力を強めなければならない。そうすれば、親善関係を結ぶことができる。第一線を守るわが海上保安庁は、東京都に警察官が4万3千人もいるのに、職員が1万2千人しかいない。船も、ヘリも足りない。

 戦前、魚釣島には住民が居住して、鰹節工場があった。鰹節工場を再建して、「尖閣鰹節」をつくって、全国に売ることを提案したい。“愛国の花”ならぬ“愛国の鰹節”だ。
【加瀬コラム】奉悼・・仁親王殿下 「日本の国のかたち」に御心を砕かれて
奉悼・・仁親王殿下 「日本の国のかたち」に御心を砕かれて

 日本は四季の変化に、恵まれている。春は花、夏には蛍、秋の紅葉、冬は雪というと、日本人に生まれてよかったと安堵する。

 夏が来た。私は東京の四谷で少年期を送った。夏というと、家の前の路地や、小さな庭に打ち水がされた。

 路地に縁台(えんだい)が置かれ、近所衆が涼しげなステテコを穿(は)いて、会話や将棋に興じて縁を深めたものだった。褌(ふんどし)を締めて、暑さを凌ぐために、浴衣(ゆかた)の前をひろげた老人もいた。

 男たちはステテコのまま、近所に出かけた。セルロイドの石鹸箱と手拭いを片手に持って、銭湯から戻ってくるのによく出会った。

 家の縁側にも、人が集まった。縁側は社交場だった。蝉の声のなかで、団扇(うちわ)を使った。子供たちは庭先で、線香花火を楽しんだ。

 人々は気遣い合った。今日の日本では、どのような重要な用があるのか、よく分からないが、いつも宅急便のように全員が急いでいるために、隣人を思い遣る余裕がない。w)€刋タ実匸€コ岱徐ぢ 家族の温(ぬく)もりも大切にしなくなったから、隣人と親しくしようとしなくなった。心が通うお隣りがいなくなった。そのために、住居が周りから遮断された窂となった。

 私は子供心に母が箒で、夏座敷を掃いているところを思い出す。箒は女の心の延長だった。電気掃除機では、心が籠らない。

 冷房とコンクリートのおかげで、自然を遮断してしまったから、夏木立(なつこだち)、夏蔭(なつかげ)、夏扇(なつおうぎ)、夏掛(なつが)け、夏座敷をはじめとする、涼しげな言葉が忘れられてしまった。

 いまは、夏服といって、夏衣(なつごろも)といわない。夏服では夏らしさが、伝わらない。

 私たちの身近にあったあの夏は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。四季が移ろうごとに、自然の繊細さを心で感じたものだった。

 主婦が家の前の路地を早朝に掃いて、清々(すがすが)しい箒目(ほうきめ)をつけたから、朝を感じることができた。醜いアスフ・u栫D襯箸砲茲辰栃い錣譴討・蕕蓮≫玉椶鬚弔韻茲Δ・覆ぁ・・実匸€コ岱徐ぢ あのころは、家の前に出て朝陽を拝む人が、珍しくなかった。昇ったばかりの太陽の神秘的な光が、全身にみちてゆくよろこびが伝わってきた。

 褌がなくなってから、日本の男性から男らしさが失なわれた。私は英語遣いを生業(なりわい)としてきたが、「褌を締めてかかる」を英語でいおうとすると、”roll up his sleeves”(袖をまくりあげる)とか、”pull up his socks”(靴下を引き上げる)ということになって、間が抜けてしまう。手先や、足先では、男の大切なものから遠いからだろう。

 このところ、日本では和太鼓が流行している。和太鼓の若者たちが、ブリーフや、トランクスを穿いていることが多い。西洋のドラムと間違えているのではないか。

 女が和太鼓を打つのも、珍しくない。女が太鼓を打ったり、神輿を担ぐのを見ると、気色が悪い。太鼓も神輿も、神聖な男の力と勢いを象徴するもので、女が穢してはなるまい。

 ステテコも、風物詩だった。東京の街頭で男のステテコ姿を見なくなったのku椈@⇔圓靴ぁ・坤椒鵑鮴セ・困縫好謄謄海里泙泙世函・・・未襪發里澄・・実匸€コ岱徐ぢ 高齢者の男女が暑いのに、ジーンズや、チノパンのスニーカーや、パンツ(このごろでは、ズボンをそう呼ぶ)を穿いているのを見かけるが、西洋乞食(ホームレス)のようで見苦しい。

 わが家の小さな庭で、紫陽花(あじさい)が咲いた。今日の慌ただしい人間の営みをよそにして、自然が循環する。自然はくよくよしない。

 夏といえば、朝顔だ。江戸時代に千代女(ちよじよ)の「朝顔に釣瓶(つるべ)取られて貰い水」とか、上島鬼貫(うえじまおにづら)の「行水の捨てどころなし虫の声」という句があるが、日本人は虫にも、草木にまでやさしい心を配った。

 釣瓶をもう見なくなった。隣家で井戸から木製の釣瓶に入った水瓜を引き上げて、心をこめて振る舞ってくれたものだった。

 本来、日本語は「こころ」がもっとも多く用いられている言語であってきた。

 「心尽くし」「心立て」「心配り」「心入る」「心有り」「心砕き」「心利(き )き」「心嬉しい」「心意気」「心合わせ」「心がけ」「心延え」「心馳せ」「心根」「心残り」「心様(ざま)」をはじめとして心がつく言葉はおびただしい数にのぼる。世界のなかで、日本語ほど心が組み合わされた語彙が多い言語はない。日本語の際立った特徴となってきた。

 また、英語の講義のようになるが、英語でハートheartがついた言葉は、heart attack(心臓麻痺)も入れて、10もない。

 日本民族はこころの民だった。人々は心を分かち合って生きた。

 人々は下駄の歯が道を打つ音、包丁と俎板(まないた)が響でる音、豆腐屋のラッパや、竹竿売りの物憂い声、草叢(くさむら)の虫の声、梢を渡ってゆく風の音によって、囲まれていた。隣家の風鈴の音が遠く近く聞えた。

 いまでは、自動車や、スピーカーなどが発する音によって、間断なく悩まされる。人までが、機械の延長になる。
このごろでは、寿司屋にゆくと、職人がスニーカーと呼ばれる運動靴を履いていて、気色が悪い。スニーカーといわずに、運動靴といってほしい。ついこのw)€「△い世泙任蓮⊆・平・佑・実未鮴セい討い燭・蕁≫濃劔・・ぢすのこ)を打つ音が快かった。日本らしい音がなくなって、日本人らしさが失われた。

 夏――樋口夏(なつ)を思い出す。筆名を、一葉といった。夏は克明な日記を遺した。日本が日清戦争に勝った翌年に、25歳で他界した。その前年に、こう記している。

 「安(やす)きになれておごりくる人心の、あはれ外(と)つ国(くに)(註・西洋)の花やかなるをしたい、我が国振(くにぶり)のふるきを厭(いと)ひて、うかれうかるる仇ごころは、流れゆく水の塵芥(ちりあくた)をのせて走るが如(ごと)く、とどまる處(ところ)をしらず」「流れゆく我が国の末いかなるべきぞ」

国家経営志士議員連盟 第2回勉強会(6/18)のご報告
国家経営志士議員連盟 第2回勉強会(6/18)のご報告

  
「防衛産業の現状と武器輸出三原則等の見直しについて」
岩崎啓一郎氏(日本経済団体連合会・防衛生産委員会・総合部会部会長代行)
      (三菱重工業執行役員 航空宇宙事業本部副本部長)

 当議員連盟では、志士経営者倶楽部との第2回合同勉強会を去る平成24年7月4日(水)午前8時より衆議院議員第1議員会館で開催しました。
 わが国の防衛装備品はレベルが高いにもかかわらず、武器輸出三原則のために海外への売却ができず、自衛隊を相手に細々と生産を続けている状況です。
ところがその防衛省も、年々装備予算を減額させ過去8年間に2300億円も削減されました。
その結果、防衛生産に従事している企業が防衛から撤退する事態も生まれ、わが国の安全保障に多大な影響を与えることが予想されます。
そこで、日本経団連の防衛生産委員会からヒヤリングをすることとしました。
以下、ご報告します。

□防衛産業の実態
 わが国の防衛産業基盤は、自衛隊装備品の開発・生産・能力向上等で重要な役割を果たしているにもかかわらず、装備取得予算の減少に伴い、基盤は弱体化している。
ジェット戦闘機に不可欠なレーダードームを製作する会社が撤退した例もあるほどだ、欧米各国では国をあげて防衛産業基盤維持に努力しており、その一環として、国が防衛装備品の輸出を推進している。
他方、わが国でも「防衛生産・技術基盤戦略」を今後策定し、防衛産業基盤維持・強化に向けた取組みを開始している。
 わが国の工業生産額が約319兆円に対して、防衛生産は約2兆円。0.6%に過ぎない。品目別に見ても武器弾薬は別として船舶で4.67%、電気通信で0.83\\\\\%だ。
企業別に見ても欧米各国ではレイセオンやBAEなどは総売り上げのほとんどが防衛関係だが、日本で防衛生産が多い三菱重工や川崎重工、石川島播磨などであっても10〜16%程度である。
戦闘機は平成20年以降発注がない。

□防衛産業維持の意義
 自国に防衛技術。生産基盤を確保する意義は以下の通りである。
1.抑止力と自律性
2.国土・国情に合った装備品の提供   
3.迅速な支援・能力向上、自主運用
4.輸入・ライセンス生産時のバーゲニングパワー
5.先端技術の波及効果/経済波及効果
 自衛隊が部隊を運用するためには、日々の整備は部隊で行うものの、大規模整備や複雑な整備、部品の補給などは民間企業が請け負っている。民間の技術や生産基盤が支えていることで高い可働率を維持することができている。
防衛産業は多くの人員や設備を維持することで技術や生産基盤を確保している。防衛に特有の特殊な設備も民間が維持している。

□共同開発の推進を
 欧米諸国では、政府に武器輸出を担当する官庁があって防衛装備輸出を推進している。また、防衛産業もグローバル化が進んでおり多国籍化してきているし、生産も共同開発が進んでいる。話題のF35は9カ国共同で行っている。
 昨年末に「武器輸出三原則の包括的例外化」が実施されたことによって、わが国との間で安全保障面での協力関係にありその国との共同開発・生産がわが国の安全保障に資する場合に実施することができるようになり、参画の可能性は広がったが、具体的案件はまだない。
経団連が平成22年に「大綱に向けた提言」などを発表して政府は23年に包括的例外化を決定してくれた。また防衛省は「防衛生産・技術基盤研究会」を設置して報告書を作成した。
今後、同研究会の報告に沿った戦略の策定と、確実な実施をお願いしたい。また具体的な共同開発・生産案件を推進したい。(これは国家経営志士議員連盟事務局が整理したもので、文責は事務局にある)


□志士経営者倶楽部へのご入会のお誘い
志士経営者倶楽部は、国家経営志士議員連盟の事務局として更に活動の幅を広げて参ります。
この機会にぜひご入会下さいますよう、改めて御案内申し上げます。
申し込みは、下記、ホームページからどうぞ。

http://www.shishikeieishaclub.jp/boshuu.html

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
http://www.shishikeieishaclub.jp/
http://www.youtube.com/user/minnadetv
国家経営志士議員連盟 第1回勉強会(5/18)のご報告
国家経営志士議員連盟 第1回勉強会(5/18)のご報告


「不況を克服して経済成長を達成するために必要な政策課題」
藤井聡氏(京都大学大学院教授=国土強靭化論)

去る5月18日、朝8時30分から、衆議院第1議員会館で、国家経営志士議員連盟と志士経営者倶楽部との合同勉強会が開催されました。
講師の藤井聡教授は参議院予算委員会の陳述人に召致されるなど、不況対策の斬新な理論が注目を浴びる気鋭の研究者です。
当日は、議連所属議員と志士経営者倶楽部会員など54名が参加し、白熱した意見交換が行われました。
以下、講演概要をご報告します。

□不況の原因はデフレである
藤井教授は冒頭、国民が知っておくべきことを列挙。まず今の不況はデフレであることを認識する必要があることを強調した。なぜならば、実態を正しく認識しなければ対処方法は生まれないからだ。
 そしてデフレは、対処策を講じなければ克服はできないとして、早急なデフレ対策の必要性を指摘した。
 デフレとは、供給に対して需要が少ない状態であり、それは価格が安くなる状態を生む。価格とは円との交換比率であり、物が安くなるということは、円が高くなっているということを意味する。
だから、ドルも物として考えると円高ドル安になるのだ。
今日わが国を襲っている政治問題は、失業、倒産、GDPの低迷、格差社会の拡大と、これに伴う国際的地位の凋落は全てデフレが原因であって、デフレ克服こそが喫緊の課題である。なぜ藤井教授が言わずもがなの『デフレ』を強調するかといえば、現在の政策がデフレ対策ではないからだという。
 また、1000兆円に達する国債残高の額の大きさに慄いて「これ以上国債を発行すると政府は破綻する」と危機感を訴える人たちがいるが、全く悪質な誤認である。まず日本国債は自国通貨で発行されており、国内で借りられている以上、破たんはしないし、国債はそれを買っている国民にしてみれば資産の一部であり、それを処分することもできる。国債金利が低いということは発行額がまだ足りないことを意味している。恐れることはない。

□やってはいけない政策
 そこで、やってはいけない政策を藤井教授は指摘した。
 それは、「消費税増税」は消費の縮減をもたらす・「原発ストップ」は割高の石油、天然ガスを購入することになり、無駄な支出をすることになる・「法人税減税」社内留保を増やして政府支出を減らす・「公務員削減」は失業者を増やす・「公共事業削減」も失業者を増やす・「金融引き締め」は市中の流れる通貨を減らす・「TPP加入」・「規制緩和・構造改革」・「経済特区」は、いずれも供給を増やしてデフレスパイラルを加速させるのでやってはならない。

□インフレ不況対策からデフレ不況対策へのレジームチェンジ
では、どのような政策を選択すべきなのかについて藤井教授は次のように語った。
「デフレ不況下では『デフレ不況対策が不可欠だ』という常識を取り戻し,デフレ不況対策を進めなければならない。その時に必要なのは、『インフレ退治レジーム』から『デフレ退治レジーム』へと大転換することなのだ。」
アメリカでルーズベルト大統領にニューディール政策を進言したマリナー・エクルズは、次の言葉を遺している。
 「敵国との戦争から人命を守るために使われるのと同じ政府債務が、平時においては、失意と絶望から人命を守るためにも使われるのである。 戦争を戦うための政府の能力には制限がないのと同様に、恐慌と戦う政府の能力にも制限はない。」
いま、なさなければならないのは
1.消費税増税阻止
2.TPP阻止
3.「必要な事業」を精査しつつ行う徹底的な「公共投資」の全国的推進
4.デフレとの戦いのために,「日銀」と徹底的な連携
5.具体的な「レジーム・チェンジ」
 である。
今こそ、東日本大震災の復興と、首都直下大地震に耐えられる『国土強靭化』を進めるための公共投資の全国推進こそがわが国を救う道である。
 そのためには
@省庁等の再編 (企画部門と財政部門との適正なバランスの回復)
A法制度の改変(競争法=独占禁止法と産業法=個別産業の振興・保護法との間の適正なバランスの回復)
 が必須であり、是が非でも,この「大転換」を,政治の力で成し遂げていただきたい。
(これは国家経営志士議員連盟事務局が整理したもので、文責は事務局にある)

□志士経営者倶楽部へのご入会のお誘い
志士経営者倶楽部は、国家経営志士議員連盟の事務局として更に活動の幅を広げて参ります。
この機会にぜひご入会下さいますよう、改めて御案内申し上げます。
申し込みは、下記、ホームページからどうぞ。

http://www.shishikeieishaclub.jp/boshuu.html

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
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7/13(金)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内
7/13(金)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内

今月17日に行われたギリシャ再選挙では、緊縮策支持派が過半数を確保しましたが、新民主主義党(ND)と緊縮財政反対を掲げるギリシャ急進左派連合(SYRIZA)との差はわずか。しかも、その他の小規模政党を合わせた反緊縮派は約半数を得票しており、NDの緊縮路線が必ずしも有権者のお墨付きを得たとはいえない状況です。ギリシャを巡るユーロ情勢はまだまだ予断を許さず、スペイン、ポルトガルに波及する危険すら孕んでいます。

転じて国内を見渡すと、税と社会保障の一体化法案を巡って、自民公明が賛成する一方で民主党内小沢グループが反対を唱えて逆ネジレをおこし、既存の政党内閣はもはや統治能力を失い、国民の意思を代表する存在ではなくなっています。民主主義制度の危機といっても過言ではありません。
こうした状況にあって志士経営者倶楽部は、収縮する日本と経済に、活力と成長を取り戻して、日本本来の姿に立ち返り、伝統的精神である共生の考えによる祖国再建を訴えて参ります。

私たちの小さな行動が、大きな奔流となって祖国再生の道筋を作る。
いまこそ壮大な志を掲げて志士経営者倶楽部は歩を進めます。
力強い日本を皆さんとともに作り上げて参りましょう。

皆様からご賛同を賜りますことを切に願います。

さて、志を共にする志士経営者倶楽部定例交流会(夕食懇親会)を下記の要領で開催します。

月に1回の開催とし、従来通り加瀬英明先生の御講話を伺い、食事をしながら皆様との交流を図る場です。
志士経営者倶楽部の中心的な活動として、皆様の積極的なご参加をお待ち申し上げます。
また、是非ともお仲間をお誘い合わせのうえご参加下さい。


〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)〜
□日 時 7月13日(金) 午後6時30分〜午後8時30分
□会 場 る・ぴあの(いきいきプラザ一番町 1F)
    ・住 所  東京都千代田区一番町12
    ・電話番号 03-3239-1377
    <最寄駅>
    ・東京メトロ有楽町線「麹町駅」5・6番出口 徒歩5分
    ・東京メトロ半蔵門線「半蔵門駅」5番出口 徒歩5分
    「る・ぴあの」地図http://www.le-piano.jp/access/
    「いきいきプラザ一番町」地図 http://www.ikiikiplaza-eiwa.jp/access.html
□講 話 加瀬英明名誉理事
     http://www.kase-hideaki.co.jp/ryakureki.html
□懇親会(飲食を供します)
     参加者の皆さまからも発言の機会を設けます。どしどし御登壇下さい。
□会 費 会員 5,000円  ゲスト(非会員)6,000円
□参加申込方法
     食事と席の都合がございますので、ご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
     メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、非会員様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号

…………………………………………………………………………………………………………

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
http://www.shishikeieishaclub.jp/
http://www.youtube.com/user/minnadetv
【加瀬コラム】日本の四季―いま昔
日本の四季―いま昔

 日本は四季の変化に、恵まれている。春は花、夏には蛍、秋の紅葉、冬は雪というと、日本人に生まれてよかったと安堵する。

 夏が来た。私は東京の四谷で少年期を送った。夏というと、家の前の路地や、小さな庭に打ち水がされた。

 路地に縁台(えんだい)が置かれ、近所衆が涼しげなステテコを穿(は)いて、会話や将棋に興じて縁を深めたものだった。褌(ふんどし)を締めて、暑さを凌ぐために、浴衣(ゆかた)の前をひろげた老人もいた。

 男たちはステテコのまま、近所に出かけた。セルロイドの石鹸箱と手拭いを片手に持って、銭湯から戻ってくるのによく出会った。

 家の縁側にも、人が集まった。縁側は社交場だった。蝉の声のなかで、団扇(うちわ)を使った。子供たちは庭先で、線香花火を楽しんだ。

 人々は気遣い合った。今日の日本では、どのような重要な用があるのか、よく分からないが、いつも宅急便のように全員が急いでいるために、隣人を思い遣る余裕がない。w)€刋タ実匸€コ岱徐ぢ 家族の温(ぬく)もりも大切にしなくなったから、隣人と親しくしようとしなくなった。心が通うお隣りがいなくなった。そのために、住居が周りから遮断された窂となった。

 私は子供心に母が箒で、夏座敷を掃いているところを思い出す。箒は女の心の延長だった。電気掃除機では、心が籠らない。

 冷房とコンクリートのおかげで、自然を遮断してしまったから、夏木立(なつこだち)、夏蔭(なつかげ)、夏扇(なつおうぎ)、夏掛(なつが)け、夏座敷をはじめとする、涼しげな言葉が忘れられてしまった。

 いまは、夏服といって、夏衣(なつごろも)といわない。夏服では夏らしさが、伝わらない。

 私たちの身近にあったあの夏は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。四季が移ろうごとに、自然の繊細さを心で感じたものだった。

 主婦が家の前の路地を早朝に掃いて、清々(すがすが)しい箒目(ほうきめ)をつけたから、朝を感じることができた。醜いアスフ・u栫D襯箸砲茲辰栃い錣譴討・蕕蓮≫玉椶鬚弔韻茲Δ・覆ぁ・・実匸€コ岱徐ぢ あのころは、家の前に出て朝陽を拝む人が、珍しくなかった。昇ったばかりの太陽の神秘的な光が、全身にみちてゆくよろこびが伝わってきた。

 褌がなくなってから、日本の男性から男らしさが失なわれた。私は英語遣いを生業(なりわい)としてきたが、「褌を締めてかかる」を英語でいおうとすると、”roll up his sleeves”(袖をまくりあげる)とか、”pull up his socks”(靴下を引き上げる)ということになって、間が抜けてしまう。手先や、足先では、男の大切なものから遠いからだろう。

 このところ、日本では和太鼓が流行している。和太鼓の若者たちが、ブリーフや、トランクスを穿いていることが多い。西洋のドラムと間違えているのではないか。

 女が和太鼓を打つのも、珍しくない。女が太鼓を打ったり、神輿を担ぐのを見ると、気色が悪い。太鼓も神輿も、神聖な男の力と勢いを象徴するもので、女が穢してはなるまい。

 ステテコも、風物詩だった。東京の街頭で男のステテコ姿を見なくなったのku椈@⇔圓靴ぁ・坤椒鵑鮴セ・困縫好謄謄海里泙泙世函・・・未襪發里澄・・実匸€コ岱徐ぢ 高齢者の男女が暑いのに、ジーンズや、チノパンのスニーカーや、パンツ(このごろでは、ズボンをそう呼ぶ)を穿いているのを見かけるが、西洋乞食(ホームレス)のようで見苦しい。

 わが家の小さな庭で、紫陽花(あじさい)が咲いた。今日の慌ただしい人間の営みをよそにして、自然が循環する。自然はくよくよしない。

 夏といえば、朝顔だ。江戸時代に千代女(ちよじよ)の「朝顔に釣瓶(つるべ)取られて貰い水」とか、上島鬼貫(うえじまおにづら)の「行水の捨てどころなし虫の声」という句があるが、日本人は虫にも、草木にまでやさしい心を配った。

 釣瓶をもう見なくなった。隣家で井戸から木製の釣瓶に入った水瓜を引き上げて、心をこめて振る舞ってくれたものだった。

 本来、日本語は「こころ」がもっとも多く用いられている言語であってきた。

 「心尽くし」「心立て」「心配り」「心入る」「心有り」「心砕き」「心利(き )き」「心嬉しい」「心意気」「心合わせ」「心がけ」「心延え」「心馳せ」「心根」「心残り」「心様(ざま)」をはじめとして心がつく言葉はおびただしい数にのぼる。世界のなかで、日本語ほど心が組み合わされた語彙が多い言語はない。日本語の際立った特徴となってきた。

 また、英語の講義のようになるが、英語でハートheartがついた言葉は、heart attack(心臓麻痺)も入れて、10もない。

 日本民族はこころの民だった。人々は心を分かち合って生きた。

 人々は下駄の歯が道を打つ音、包丁と俎板(まないた)が響でる音、豆腐屋のラッパや、竹竿売りの物憂い声、草叢(くさむら)の虫の声、梢を渡ってゆく風の音によって、囲まれていた。隣家の風鈴の音が遠く近く聞えた。

 いまでは、自動車や、スピーカーなどが発する音によって、間断なく悩まされる。人までが、機械の延長になる。
このごろでは、寿司屋にゆくと、職人がスニーカーと呼ばれる運動靴を履いていて、気色が悪い。スニーカーといわずに、運動靴といってほしい。ついこのw)€「△い世泙任蓮⊆・平・佑・実未鮴セい討い燭・蕁≫濃劔・・ぢすのこ)を打つ音が快かった。日本らしい音がなくなって、日本人らしさが失われた。

 夏――樋口夏(なつ)を思い出す。筆名を、一葉といった。夏は克明な日記を遺した。日本が日清戦争に勝った翌年に、25歳で他界した。その前年に、こう記している。

 「安(やす)きになれておごりくる人心の、あはれ外(と)つ国(くに)(註・西洋)の花やかなるをしたい、我が国振(くにぶり)のふるきを厭(いと)ひて、うかれうかるる仇ごころは、流れゆく水の塵芥(ちりあくた)をのせて走るが如(ごと)く、とどまる處(ところ)をしらず」「流れゆく我が国の末いかなるべきぞ」




6/4定例交流会のお礼とご報告
6/4定例交流会のお礼とご報告

100回目の早朝勉強会を迎えて、これを引き継ぐ形で6/4(月)18時30分よりさらに参加しやすい定例交流会を初開催しました。
参加者は65名を数え、東日本大震災前日(平成23年3月10日)に開催した会場に戻り、襟を正し、初めての定例交流会
開催としました。
講話はこれまで通り、当倶楽部名誉理事・加瀬英明先生に御登壇いただきました。
「温故知新」をテーマに政治家と教育者という2つの顔を持っていた大隈重信公(内閣総理大臣、早稲田大学創設など歴任)に光をあてました。

明治維新の時代、日本の若者たちは大隈をはじめとしてキラ星のごとく輝いていた。大隈のような傑出した人物が登場した背景として、@江戸時代・佐賀藩の教育があった、A志が高かった、B母親の教育が立派だった、と分析した。

@については、儒学教育をしていた藩校・弘行館で学ぶがこれに反発し、藩校の改革を訴えた。これ以降、佐賀藩は蘭学、英学を大隈に学ばせる環境を与えた、Aを物語るエピソードとして、大隈が31歳の時、イギリス公使ハリー・パークスの対応に手をこまねいていた明治政府は、交渉役に、英語が話せ、キリスト教の知識もあった大隈を選び派遣。その席上パークスは「大隈ごとき身分の低い小役人とは話はできぬ!」と激怒したという。しかし大隈は「一国の代表者である私と話したくないと言うのなら、抗議は全面撤回とみなす。
また、あなたの言うことは、国際法で禁止されている内政干渉である」と言い返し、互角に渡った逸話を紹介された、B大隈の母は、高等教育を受けていないが、立派に息子を育て上げた、という。
「いまの日本は知識を粉々にし破壊する3つのスクリーンがある。テレビ、携帯電話そしてパソコンだ。過去を捨てては日本の良さが失われる。過去を大事にすれば明るい未来が広がるはずだ」と締めくくった。
 
後半は、懇親会に移り、理事の矢野弾様が、「物事がわからなくなったら、原理原則に立ち返り歴史に学ぶこと。先の大戦で日本人は過去の歴史を捨てさせられた。お互いに研鑽し魂を磨くためにここではお互いに討論しましょう。論理を極めること、つまり最上のものを自らが生み出すことは知的格闘技なのだ。妥協せずまいりましょう!」との乾杯の御発声で懇親会が始まりました。

この他に、写真家・ロッキー田中様、元銚子市長・岡野俊昭様、一般社団法人エジソンアインシュタインスクール協会・専務理事の井上裕宏様、湘南教育研究センター・副理事長の鈴木紋子様、日本元氣計画!代表の中村崇様、株式会社ビラックス・代表取締役社長の小柴慧次郎様にも御登壇いただきました。
最後に、麻布私塾会の渡辺春吉塾長が〆の挨拶をされ、盛り上がった定例交流会を終了しました。

今後は、定例交流会と国志議連との共同勉強会を中心に活動して参ります。
御案内は改めてお届け致します。
次回の定例交流会は7月中旬を予定しております。

皆様のご協力を頂きながら、楽しくも意義ある会合に育てて参りたいと存じます。
志士経営者倶楽部の中心的な活動として、皆様の積極的なご参加をお待ち申し上げます。
また、是非ともお仲間をお誘い合わせのうえご参加下さい。

なお、この定例交流会の様子は下記「みんなでTV」に動画アップしましたのでぜひご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=icQ6GwfACzc&feature=bf_prev&list=UUhqMo7wjQXbTPjIEsSUgf9Q



【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348
6/4(月)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内
6/4(月)志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)の御案内

100回目の早朝勉強会を迎えて、この度、開催を夕刻に移し、より参加しやすい定例交流会を開始します。
月に1回の開催とし、従来通り加瀬英明先生の御講話を伺い、食事をしながら皆様との交流を図る場です。
皆様のご協力を頂きながら、楽しくも意義ある会合に育てて参りたいと存じます。
志士経営者倶楽部の中心的な活動として、皆様の積極的なご参加をお待ち申し上げます。
また、是非ともお仲間をお誘い合わせのうえご参加下さい。


〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)〜
□日 時 6月4日(月) 午後6時30分〜午後8時30分
□会 場 る・ぴあの(いきいきプラザ一番町 1F)
    ・住 所  東京都千代田区一番町12
    ・電話番号 03-3239-1377
    <最寄駅>
    ・東京メトロ有楽町線「麹町駅」5・6番出口 徒歩5分
    ・東京メトロ半蔵門線「半蔵門駅」5番出口 徒歩5分
    「る・ぴあの」地図http://www.le-piano.jp/access/
    「いきいきプラザ一番町」地図 http://www.ikiikiplaza-eiwa.jp/access.html
□講 話 加瀬英明名誉理事
     http://www.kase-hideaki.co.jp/ryakureki.html
□懇親会(飲食を供します)
     参加者の皆さまからも発言の機会を設けます。どしどし御登壇下さい。
□会 費 会員 5,000円  ゲスト(非会員)6,000円
□参加申込方法
     食事と席の都合がございますので、ご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
     メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜志士経営者倶楽部 定例交流会(夕食懇親会)参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、非会員様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号

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http://www.youtube.com/user/minnadetv
【加瀬コラム】イスラム色に染まるアラブ社会のカンバス
イスラム色に染まるアラブ社会のカンバス

 パキスタン北部のギルギットとフンザで、イスラム教スンニー派とシーア派の抗争が激化して、高齢者を含む日本人観光客77人が危険にさらされ、日本政府がパキスタン政府に要請して、無事に救出された。

 国際政治を理解するためには、宗教が何であるか、知る必要がある。

 日本語には明治に入ってしばらく後まで、「宗教」という言葉がなかった。それまで日本語には、宗門、宗旨、宗派という言葉しかなかった。日本では宗派がつねに共存したのに、自分の信仰だけが真実であり、他宗を排斥する西洋語のレリジョンが、日本にはなかった概念だったから、宗教という新しい翻訳語を造らねばならなかった。

 いま、とくにイスラム教に注目しなければならない。イスラムが再び戦闘的で、尖鋭な宗教となった。イスラム教はキリスト教より600年あまり遅れて生れたが、キリスト教も600年前には他宗をいっさい認めることなく、神の名において異教徒を大量に殺戮した、残酷な歴史がある。

 イスラム圏は第1次大戦後に西洋文明によって圧倒されて、トルコからエジプトにいたるまで、エリートがイスラム教を軽視して、西洋を模倣することを通じて発展をはかった。

 トルコ革命、イランのパーレビ帝制、イラクのフセイン政権、シリアの現アサド政権、エジプトのナセルからムバラク政権、チュニジアのベン・アリ独裁政権、リビアのカダフィ政権は、すべて宗教色が薄く、世俗的な政権であり、イスラム原理主義を非合法化して、苛借ない弾圧を加えた。

 イスラム教が勢いを回復したのは、1970年代の石油危機によるものだった。イスラム圏は70年代の石油ショックによって、原油価格が暴騰するまでは、西洋に対して深い劣等感に嘖んでいた。

 ところが、西側諸国がうって変わって、イスラム産油国に跪いて、〃油乞い〃をするようになると、自信を取り戻した。劣等感が裏返された優越感だから、手に負えない。

 昨年1月に、チュニジアで民衆がベン・アリ独裁政権を倒し、エジプト、リビアをはじめとする多くの諸国に拡がると、不勉強な西側と、それに追従する日本のマスコミが「アラブの春」と呼んで、イスラム圏がいよいよ民主化するといって、囃し立てた。

 「アラブの春」がイスラム圏に、何をもたらしているのか。

 イスラム教徒は2000年近くにわたって、キリスト教徒と平和裡に共存してきた。古代キリスト教会に発するコプト派、メルキト派、マロン派、アッシリア東方教会をはじめとして、ついこのあいだまでアラブのキリスト教徒は、北アフリカからシリアまで、アラブ人口の20%を占めていた。石油危機を境にして、キリスト教徒に対する迫害が募るようになり、現在では5%にまで減っている。

 イラクをとれば、アメリカをはじめとするNATO(北大西洋条約機構)のキリスト教兵士が、2003年にイラクを占領した時には、140万人のキリスト教徒を数えた。

 ところが、その後、キリスト教の教会が全国にわたって破壊され、バクダッドだけでも、1000人のキリスト教徒が殺された。このために、キリスト教徒が国外に逃げ、現在では三分の一以下の40万人しか残っていない。

 エジプトでは「アラブの春」以後、かつて8000万人の人口の10パーセントに当たったコプト教徒が、カイロ、プレキサンドリアをはじめとして日常襲撃されて、20万人以上が難民となって国外へ逃亡した。

 アラブ世界では、どこをとってもイスラム教徒が寛容さを失って、排他的になっている。キリスト教徒もアラブ社会の一員であったのに、今日では〃カタコンベ〃(ローマ帝国時代にキリスト教徒は迫害を蒙って、地(カ)下(タ)墓(コン)地(ベ)に隠れて、生活していた)の生活を強いられている。宗教は恐ろしい。



「早朝勉強会100回を迎えて」 お礼のご挨拶
「早朝勉強会100回を迎えて」お礼のご挨拶

日頃は志士経営者倶楽部の運営に格別のご高配を賜っておりますことに感謝申し上げます。

さて、早朝勉強会は昨日で第100回を迎えることができました。
この間、ほとんどの会で講話をして下さった加瀬英明先生をはじめ、ご参加下さった皆様に厚く御礼申し上げます。
ホテルニューオータニのラウンジの片隅で始まった早朝勉強会は、次第に参加が増えたために他のお客様へのご迷惑を考慮してタワー40階に会場を移し、東日本大震災ではホテル側がタワーを閉鎖することになったため本館1階のレストランに移動し、そこにも入りきれないほど活況を呈した早朝勉強会は、広さを求めて半蔵門の中華料理屋を経て、現在までの竹橋会館へと会場を移して参りました。
会場の変遷だけでも十分早朝勉強会の歴史を語れるほどです。
また、参加者にもあらゆる場面で発言を求め、活気ある早朝勉強会となり、皆様とともに学び、気付きの場となったのではないかと存じております。
100回記念の昨日の勉強会では、加瀬先生の講話の後に、全参加者から一言コメントを頂きました。それぞれの内面に何らかの蓄積ができたように感じたのは私だけではないと思います。
ぜひ「みんなでTV」でご覧下さい。
http://www.youtube.com/user/minnadetv

昨日を境として、志士経営者倶楽部では、早朝勉強会をいったん休止し、中心的活動を月1回開催するイブニングセミナーへと移行して参ります。
また法人会員の皆様には3月に発足した「国家経営志士議員連盟」との共同事業にもご参加いただくよう準備を進めております。
更に、後進の育成を目的とした「志士政経大学」を毎週開催するべく計画中です。

今後とも志士経営者倶楽部の活動に積極的にご参加下さいますようお願い申し上げます。
100回記念の御礼と致します。

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348

100回記念早朝勉強会を開催します(5/8)
100回記念早朝勉強会を開催します

これまで開催してきた早朝勉強会が、次回で100回を迎えます。

加瀬英明先生のご指導を得て、志を立てた者たちが自らを磨き、学び、幅を広げる場として一定の役割を果たしてきたと存じます。
この間、志士経営者倶楽部には、延べ1300人の方々が集いました。
早朝勉強会の他にも、ビジネス交流会で新たな出会いを求め、戦艦三笠や最新鋭護衛艦ひゅうがの視察では歴史を体得するとともに防衛の第1線の空気を知ることができました。
また天河神社における研修会ではわが国悠久の歴史と伝統が息づいていることを目の当たりにし、志を一層高めることができました。
政策提言セミナーや北朝鮮問題シンポジウムなど、世論を喚起する行事へも高い評価を頂きました。

これまでの実績を糧として、志士経営者倶楽部は一層の発展と祖国日本の再生のために微力を尽くしてまいります。
そのために、去る3月29日は志を同じくする国会議員の先生方による「国家経営志士議員連盟」が結成され、当倶楽部と共同事業を行ってゆくこととなりました。
また、後進の育成を目的として青年を対象とした「志士政経大学」(仮称)の発足準備を進めております。
ウェブを活用した情報発信、外部活動への積極的な参加も推進して参ります。

これらを受けて、志士経営者倶楽部のメイン活動ともいうべき早朝勉強会を、今後は時間帯を夕刻に移し、月1回のイブニング交流会(仮称)として開催して参ります。
参加者の中からは「早朝に開催することに意義がある」「これまでずっと定期的に開催してきたのだから今後も開催してほしい」との温かいお声も頂戴しました。
今後は様々な事業を計画して多様な活動の場を皆様に提供して参りますので、何卒ご海容ください。

100回記念そしてイブニングに移行する前の最後の早朝勉強会にぜひご参加下さい。

会場の席数確保の都合上、ご出席いただける方はこのメールにご返信ください。
事前申し込みのない場合、お席をご用意できないこともございます。


◆第100回 早朝勉強会(5月第2火曜日)
【日 時】 平成24年5月 8日(火) 朝7:15〜9:00


【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住 所;東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話番号; 03-3287-2921
・東西線「竹橋駅」3b出口直結
 http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

【参加者】 倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】 3,500円(税込) (一般参加費)
      3,000円(税込) (会員参加費)
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

お間違えのないようにご注意ください。


【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348
イブニングセミナーには240名の方が参加され、深い感動が場内に満ちていました
イブニングセミナーには240名の方が参加され、深い感動が場内に満ちていました

皆様のご協力で、倶楽部初めての試みであるイブニングセミナーは、盛会のうちに終了することができました。

冒頭、志士経営者倶楽部が全面的に応援している劇団月歌舎のパフォーマンスがあり、場が和んだところで加瀬英明名誉理事による開会挨拶でセミナーは始まりました。

公務ご多忙の中を50分にわたってメインスピーチに立って下さった平沼赳夫先生は、ご自身の政治を志すに至った回顧から、戦後憲法の矛盾が国民のモラルを崩壊させ、それが尖閣諸島事件や集団的自衛権を認めないことなどを誘発させている。国益を考えた政治が今こそ必要なのだと熱弁をふるわれました。
また、ご自身が党首を務める「たちあがれ日本」が発表した自主憲法草案に触れ、憲法を変えなければ日本の問題を克服することはできない。志士経営者倶楽部のみなさんとともに頑張ってゆこう、と決意を新たにしておられました。

これを受けて、会場の熱気に感化されたのか、中條高徳様も20分の予定を大幅に超過する45分にわたって講演されました。中條様は、陸軍士官学校で学んだご自身の体験から、世界史的視野に立ってわが国の歴史を紐解くことが重要であり、我が祖先から営々と繋がる歴史を今の国民が受け継ぐことによって歴史は繋がる。
公益に服する国民意識の重要性と、助け合いの精神、恥の文化を持つ日本の伝統を今日の国民が持つことが日本の回復につながると指摘され、明日の日本を担う私たちに切々と訴えかけて下さいました。

今回のセミナーは、将来を担う私たちにとって、大変示唆に富む内容で、私たちが学ぶべき方向性を指し示されたものでした。
終了後、参加者は一様に、感銘の余韻に浸りながら、交流を深めておられました。

セミナーの様子はみんなでTVにアップされました! ぜひご覧ください。
http://www.youtube.com/user/minnadetv



第1回イブニングセミナー 開催要領

◆日 時;4月26日(木)午後6時開演(午後5時40分開場)

◆会 場;千代田区立日比谷図書文化館(旧日比谷図書館)
     日比谷コンベンションホール(大ホール)B1F
     住  所 ;〒100−0012千代田区日比谷公園1番4号
     代表電話;03-3502-3340
     [交通アクセス]
     ・東京メトロ 丸の内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関駅」C4・B2出口より徒歩約5分
     ・都営地下鉄 三田線「内幸町駅」A7出口より徒歩約3分
     ・東京メトロ 千代田線・日比谷線「日比谷駅」A14出口より徒歩約7分
     ・JR 新橋駅 日比谷口より 徒歩約12分
     http://hibiyal.jp/hibiya/access.html(会場地図)

◆講 演;平沼赳夫氏(衆議院議員・たちあがれ日本代表・国家経営志士議員連盟会長)
 演 題;「国家経営のあるべき方向性」
 http://www.hiranuma.org/new/profile.html(平沼赳夫氏オフィシャルWeb)

◆講 演;中條高徳氏(当倶楽部顧問、アサヒビール株式会社名誉顧問)
 演 題;「誇れる国・日本を立て直すために」
 http://www.nakajo-t.co.jp/ (中條高徳氏オフィシャルWeb)

◆参加費;2,500円(税込)一般参加費
      2,000円(税込)志士経営者倶楽部会員特別価格
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。
なお、イブニングセミナーでの飲食の提供はございません。

◆参加申込方法
 お席の都合がございますのでご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
 メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜第1回イブニングセミナーご参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、一般参加者様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号

………………………………………………………………………………………………

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
〒102-0092 東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F
http://www.shishikeieishaclub.jp/
http://www.youtube.com/user/minnadetv

【加瀬コラム】近代社会は人間の心を失った
近代社会は人間の心を失った

 猫も杓子も、海外旅行に出かける時代になった。もっとも、杓子といえば、今日の人々は言葉の意味を知らずに使っているが、賤妓や、私娼を指したから、差別語となる。

 そのために、海外の観光地を取りあげたテレビ番組が多い。

 そんな番組のなかで、パリのセーヌ河のシテ島のノートルダム大寺院が映しだされた。

 カメラが若い女性レポーターとともに、なかに入る。「雰囲気がとっても、荘厳なのにうたれまぁす」という、邪気のない声が重なった。

 パック旅行の善男善女は、絵葉書のなかを動きまわって、ガイドのマニュアルどおりの案内を聞いて満されるから、それでよいだろう。団体で観光を楽しむためには、物事に昏いほうがよい。

 フランス革命の意義

 私は30代になった時に、はじめてノートルダム大寺院を訪れた。戦慄が走った。

 私は一瞬目を閉じて、1793年を想った。フランス革命だ。1789年にパリの民衆がバスティーユ監獄を襲撃したことは、よく知られている。その3年後に王制が廃止され、共和暦が採用された。

 共和暦2年の1792年1月にルイ16世が処刑されると、翌年、恐怖政治が吹き荒れた。この年だけで30万人以上が逮捕され、1万7千人がギロチン台へ送られて処刑された。そのうえに、おびただしい数の国民が裁判なしに殺されるか、獄死した。

 自由、平等、博愛は公を失った 

 科学的合理主義をかざして、「自由、平等、博愛」の標語のもとで、全土にわたって恐怖政治が行われた。革命政権は神と伝統文化を否定した。神もギロチンにかけられた。

 1793年に、バカバカしい「理性(フェット・ドゥ・)の(ラ・)祭典(レアゾン)」が頂点に達した。
 
 ノートルダム寺院が「理性の伽藍」と改名され、祭壇が壊された。そのかわりに模造の丘のうえに、「知性に捧げられた」ミニチュアのギリシア神殿が安置され、その右脇に裸身の「理知の女神」の像が赤白青の3色の布を巻いて立ち、左脇に「真実の炎」と呼ぶ常明灯がともされた。

 私はパリの中心街を、好きになれない。凱旋門から整然と広い道路が、放射状に八方に伸びている。ここは、もともと貧民街だった。ナポレオン3世が革命を恐れて、軍隊をだして貧民窟を取り壊して、今日の姿となった。

 フランス庭園も息が詰まって、くつろげない。無機的に、左右対称に設計されている。それよりも、イギリス庭園にはぬくもりがある。ロンドンも有機的に発達した、人間的な都市だ。

 フランス革命は人間革命でなく勝者の利得のみだ

 フランス革命は、人類史でおぞましい蛮行だった。その後のレーニンの革命、スターリニズム、毛沢東の手によっても数千万人が殺されたが、フランス革命が先き駆けとなった、身の毛がよだつ「理性の祭典」だった。

 先きの敗戦によって、アメリカ占領軍は日本にフランス革命が謳歌した理性主義に基く、近代合理思想を強要した。

 フランス革命は在来の宗教、道徳、倫理、規範を否定して、自由、平等、人権を神の座に据えた。もっとも、一時、キリスト教を抹殺したものの、教会はほどなくすると、ふたたび国民生活に溶け込んだ。

 アメリカ軍は日本の伝統文化の理解が足らなかった

 アメリカ軍は日本国民が先祖から受け継いできた生活を、頭から野蛮なものときめつけて、日本の文化を銃剣によって無残に破壊して、日本にフランス革命に発した非人間的な、科学的合理思想を植えつけることを試みた。多くの心ない日本国民が残念なことに、自国を卑下して迎合した。

 私の母の寿満子は、日本銀行の幹部をへて、大正時代に日本興業銀行総裁をつとめた小野英二郎の末娘だった。英二郎はアメリカに留学して、明治20年(1887年)からミシガン大学大学院で財政学を学び、同校で日本人としてはじめて経済学の博士号を取得している。そんな家庭の環境から、寿満子は少女時代から英語に親しんだ。私の父は外務省に奉職して、先きの大戦前にロンドンに勤務した。寿満子はこのあいだオクスフォード大学で、聴講生として英文学を学んだ。

 母の日記帳は心のよりどころ

 私の手元に母が戦中、戦後にわたってつけた日記帳がある。敗戦のちょうど1ヶ月後の昭和20年9月14日に、「アメリカでは日本人を再教育せねばならないと、盛んに唱えてゐるが 第2の国民がつまらないアメリカの気風にかぶれたらそれこそ大変だ。私共の指導する責任は重い」と、綴っている。

 そして、「23日前の新聞より毎日の様に戦争犯罪者のリストをあげ」ているが、「戦争の責任者とは申せ、同じ日本人」と憤り、「日本の社会生活は益々圧迫を受けようほど内的なしっかりとした心の準備が必要と思ふ。唯々勝つ国勝てなかった国そのための変化であって これは人間のやってゐること、人の魂まではアメリカでも裁判出来ぬ」と、ため息をついている。

 この時、寿満子は31歳、私は8歳だった。おかげで、私はその後「つまらないアメリカの気風にかぶれ」ることも、粗雑な左翼思想に憑かれることもなかった。

 真の民主主義は存在するものを第一義とする

 アメリカ占領軍は民主主義の旗を高く翳して、それまで日本国民が誇ってきた歴史、神話、敬神崇祖の精神、伝統的、文化的な価値をいっさい破壊する政策を強行した。アメリカ人たちは愚かなことに、科学的合理主義を信奉して、日本民族の精神を根絶やしにすることに努めた。

 個人の権利が至上の価値ではない

 個人の権利が、至上の価値として鼓吹された。これは、日本国民と、家族のあいだを結んできた絆を、断ち切るものだった。その後、占領統治が終わっても、自由と個人の権利が何よりも重んじられたが、自由と個人の権利は人間の際限ない、卑しい欲望を尊ぶから、知足、共生、利他心といった道徳心と相容れない。

 私は占領下の湘南の鎌倉で育った。近くに横浜で行われていた、いわゆるB級戦犯裁判のアメリカ人弁護士一家が、接収した住宅に住んでいた。私と同じ年頃の息子が2人いたので、じきに仲良くなった。私はイギリスからの帰国児だったから、戦時下でも、母や姉と家のなかでしばしば英語で話した。

 そろそろ、キリスト教の復活祭がくる。ある時、アメリカ人の兄弟の兄が、得意気に「お前たち(ユー)ジャパニーズは山や、木を拝むが、フーリッシュ(愚しい)だ」と、いった。

 私は母が国際教育の一環として、キリスト教会の日曜学校に通わされていたから、もし山や、木や、狐を拝むのがバカバカしいのなら、死んだイエスが天上に昇ったとか、処女マリアが孕んだのも、同じじゃないかといおうとしたが、アメリカ軍基地のなかの映画館によく連れていってくれて、アメリカ映画をみるのが楽しみだったから、黙っていた。

 だが、今日でもアメリカの1ドル札には、絶対神の瞳と、「イン・ゴッド・ウィ・トラスト」(われらは唯一神を崇める)という標語が刷り込まれている。百万柱の神を拝もうが、唯一神を崇めようが、同じことではないか。

 明治の教育は人を創った

 母は少女時代から書を学んでいたので、戦後、アメリカに媚びて、新カナ遣いと当用漢字を採用したことと、数え年にかえて満で数えるようになったことを、「日本人は稲の生命に合わせて、毎年みんなで一緒に歳をとったのに」と、嘆いていた。

 人権という妖怪を崇める近代合理主義は、今日では産みの親の西洋社会も苦しめるようになっている。天に向かって唾を吐いたのだ。

 科学的合理主義は個人の飽くなき欲望を称えるために、強欲な経済社会をつくりだした。金融工学とか、マネーゲームといった、おぞましい魑魅魍魎が跋扈している。

 人間社会が真当な徳目を共有することによって、支えられてきたのに、我欲を崇めることによって、社会が崩壊しようとしている。知を心のうえに置いた報いだ。

明日10日は早朝勉強会を開催します!
明日10日は早朝勉強会を開催します!

今月の早朝勉強会のご案内です。開会は7:15スタートになります。
なお、受付開始はいままで通り7:00スタートです。
お間違えないようになさってください。


◆第98回 早朝勉強会(4月第2火曜日)
【日 時】 平成24年4月10日(火) 朝7:15〜9:00

◆第99回 早朝勉強会(4月第4火曜日)
【日 時】 平成24年4月24日(火) 朝7:15〜9:00

◆第100回 早朝勉強会(5月第2火曜日)
【日 時】 平成24年5月 8日(火) 朝7:15〜9:00


【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住 所;東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話番号; 03-3287-2921
・東西線「竹橋駅」3b出口直結
 http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

【参加者】 倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】 3,500円(税込) (一般参加費)
      3,000円(税込) (会員参加費)
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

お間違えのないようにご注意ください。


【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348
平沼赳夫 国家経営志士議連会長をお招きして、新企画「イブニングセミナー」(4/26)を開催
平沼赳夫 国家経営志士議連会長をお招きして、新企画「イブニングセミナー」(4/26)を開催します

先日、石原慎太郎東京都知事と橋下徹大阪市長が会談して、新党結成への意見交換との見方が広がっていますが、「保守の結集」を期待する国民は、石原氏の同志である平沼赳夫衆議院議員にも注目しています。
そうした中、平沼代議士が会長に就任した国家経営志士議員連盟の設立に伴い、当倶楽部が事務局を担当することとなりました。
この機会に志士経営者倶楽部では、新たな事業企画として、イブニングセミナーを定期開催することと致しました。
今後は国家経営志士議員連盟との共同事業として開催して参る予定です。

その、記念すべき第一回セミナーには、「国家経営志士議員連盟」会長の平沼赳夫衆議院議員にお越しいただいて、国家経営のあるべき方向性をお話しいただきます。
また、中條高徳様(アサヒビール名誉顧問)にも、わが国を立て直す方策を語っていただきます。

祖国の誇りを取り戻し、活力ある経済成長を目指して日本を元気にするため、皆様のご参加をお待ちしております。





第1回イブニングセミナー 開催要領

◆日 時;4月26日(木)午後6時開演(午後5時40分開場)

◆会 場;千代田区立日比谷図書文化館(旧日比谷図書館)
     日比谷コンベンションホール(大ホール)B1F
     住  所 ;〒100−0012千代田区日比谷公園1番4号
     代表電話;03-3502-3340
     [交通アクセス]
     ・東京メトロ 丸の内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関駅」C4・B2出口より徒歩約5分
     ・都営地下鉄 三田線「内幸町駅」A7出口より徒歩約3分
     ・東京メトロ 千代田線・日比谷線「日比谷駅」A14出口より徒歩約7分
     ・JR 新橋駅 日比谷口より 徒歩約12分
     http://hibiyal.jp/hibiya/access.html(会場地図)

◆講 演;平沼赳夫氏(衆議院議員・たちあがれ日本代表・国家経営志士議員連盟会長)
 演 題;「国家経営のあるべき方向性」
 http://www.hiranuma.org/new/profile.html(平沼赳夫氏オフィシャルWeb)

◆講 演;中條高徳氏(当倶楽部顧問、アサヒビール株式会社名誉顧問)
 演 題;「誇れる国・日本を立て直すために」
 http://www.nakajo-t.co.jp/ (中條高徳氏オフィシャルWeb)

◆参加費;2,500円(税込)一般参加費
      2,000円(税込)志士経営者倶楽部会員特別価格
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。
なお、イブニングセミナーでの飲食の提供はございません。

◆参加申込方法
 お席の都合がございますのでご出席をご希望される方は事前に下記内容をご明記の上、
 メールでお申込みください。

…………………………………………………………………………………………………………
〜第1回イブニングセミナーご参加申込フォーマット〜

・お名前
・フリガナ
・E-mailアドレス

なお、一般参加者様は下記項目もご明記ください。
・御社名
・御連絡先電話番号

………………………………………………………………………………………………

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
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http://www.youtube.com/user/minnadetv

国家経営志士議員連盟の設立総会が開催されました!
国家経営志士議員連盟の設立総会が開催されました!

ご案内の通り、国家経営志士議員連盟が3/29(木)に正式に発足しました。
以下の議員の方々が役員に就任されました。
会長 平沼赳夫
副会長 園田博之、藤井孝男
幹事長 下村博文
幹事長代理 馳 浩
副幹事長 加藤勝信、笠浩史
事務総長 鷲尾英一郎
幹事 城内実、柿沢未途、金子洋一、森田高、桜内文城

私たち、志士経営者倶楽部が事務局を担当することとなり、理事長の柳瀬公孝が事務局長に就任しました。
また、加瀬英明名誉理事が議連特別顧問に就任されました。

本日の産経新聞が、またもや「石原新党広がる憶測」などと的外れな記事を5面に6段で掲載するなど議連の趣旨を捻じ曲げておりますが、読売や、毎日の他、新潟日報などの地方紙も一斉に私たちの活動を報道しています。
議連活動が注目され、国民の関心も高いことを裏付けています。
皆様の期待に応えるべく、志士経営者倶楽部も事務局の重責を担って参ります。
議連は今後、月1回から2回の頻度で研究会を重ねて参る予定です。
逐次ご報告致します。
皆様のご協力をお願い致します。


□議連と共同行事も計画
議連の平沼会長は昨日の記者会見で、志士経営者倶楽部の活動を高く評価され、今後協調して活動をしてゆくことを明らかにされました。
議連と志士経営者倶楽部の共同行事を計画して参ります。


□志士経営者倶楽部へのご入会のお誘い
志士経営者倶楽部は、国家経営志士議員連盟の事務局として更に活動の幅を広げて参ります。
この機会にぜひご入会下さいますよう、改めて御案内申し上げます。
申し込みは、下記、ホームページからどうぞ。

http://www.shishikeieishaclub.jp/boshuu.html

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部 事務局
Tel;03-6272-3304 Fax;03-3261-3348
E-mail;info@shishikeieishaclub.jp
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【加瀬コラム】外交交渉は公正・対等・自立を認め合うことが基本
外交交渉は公正・対等・自立を認め合うことが基本

河村たかし名古屋市長が中国共産党南京市委員会の代表に、「南京で戦闘はあったが、南京事件はなかったのではないか。討論しつつ、仲良くしていきたい」と提言したところ、南京市は名古屋市との姉妹都市交流を一時中止するという報復措置をとり、3月に予定された「南京ジャパンウィーク」を延期した。

 中国共産党機関紙『人民日報』が「必ず代償を払うことになる」と恫喝し、日中の柔道交流も中止され、中国のマスメディアは観光客の「名古屋ボイコット」を煽っている。

 これに対して、藤村修官房長官は「南京ジャパンウィーク」について、中国側が「出演者の安全面の確保などを考慮したと聞いている。国交正常化40周年の今年のしかるべき時期に開催できるよう調整していく」「村山談話以来、政府の姿勢は変わっていない」と述べた。

 うまずたゆまずくじけずに整えていく

 村山談話は「植民地支配と侵略」を謝罪したものであって、南京事件に触れたものではないから、まったく見当違いだが、中国といえばすぐに膝を折って、土下座する条件反射が、身についているのだろう。

 私は「南京事件の真実を検証する会」の会長をつとめてきたが、日本軍が南京攻略に当たって虐殺を行った事実は、中国側の記録を丹念に調べてみても、まったくない。

 相手をたてることと事実を客観化することは両立する 

 日本政府としては、河村発言に対して南京市がとった措置に対して、不快感を表明するべきだった。中国側は南京で30万人が虐殺されたと主張してきたが、このような言掛りは日中友好を阻害するものであって、両国が虚心に討論することが望ましい。

 日本国民は中国がどのような国であるか、はっきりと認識しなければならない。

 中国は専制国家で、言論、集会、結社の自由がまったくない。政権が都合に合わせて、情報を粘土細工のように操作してきた。信教の自由も存在しない。宗教は党の厳しい管理下にある。人権という発想がない。

 誤りを正すのにはばかることなかれ

 中国共産党政権は国共内戦を除いて、中華人民共和国の成立以後、大躍進運動、人民文化大革命、天安門広場事件をはじめとして、数千万人にのぼる自国民を殺している。

 日本軍が残虐行為を働いたと宣伝して、国民に徹底的な愛国教育を施しているが、自ら行った残虐行為から目をそらせるとともに、政権の正統性を支えていたはずの共産主義が、名ばかりになってしまったために、それに代えて愛国主義――反日感情――を柱として縋っているからだ。

 中華人民共和国は中国3千年の歴史を通じて、繰り返し登場しては滅びた中華帝国と変わらない。日本には中華人民共和国という国名によって、いまだに誑(たぶら)かされている向きもいようが、人民による国でも、共和国でもない。

 まず中華人民共和国は、貴族が治めている国だ。このような国は21世紀の世界において珍しい。前近代的な封建国家だ。

 中国の最高権力者の圧倒的大多数が、毛沢東とともにこの国を築いた、古参幹部の血を享けた太子たちである。ひと握りの3百あまりの一族が、中国の政府、軍、国有企業をはじめとする経済界を握っている。

 支配する階層

 胡錦濤国家主席が共産主義青年団グループに属し、10月に最高指導者となる習近平副主席が、毛並みの良い太子党グループとして区分けされている。太子党はその血筋から、中華人民共和国の株主グループに似ているが、共青団も同じ穴の貉(むじな)だ。

 中国で権力を握っているのは、建国当時の古参幹部の高貴な血を受けた者か、幹部の側近をつとめることによって、権力の座に貴族として引きあげられた者だ。習近平は毛沢東の戦友だった習仲勲国務院副総理の子で、耿飈副総理の秘書をつとめたが、胡錦濤はケ小平の娘のケ楠と、胡耀邦の息子の胡徳平によって、引き立てられた。

 軍も、中国のオーナーだ。共産政権は軍事力によって支えられている。軍幹部についても同じ構図がみられ、貴族の出身者が多い。

 2010年6月をとれば、人民解放軍のトップの57人の将官のうち34人が、中国共産党の最高幹部を兼ねている。軍人が7人の党政治局員のうち2人、党中央委員の56%に当たる32人を占めている。

 将官には、毛沢東の孫、ケ小奇の令息、胡耀邦の娘婿をはじめとする、多くの貴族が連なっている。

 これまでの中国の経済成長は、目覚ましかった。中国は貪欲な権力者が群がる、巨大な甘い蜜の壺となっている。

 ブロンバーグ・ニュース

 『ブロンバーグ・ニュース』によれば、全国人民代表大会の2987人の代議員のなかで、上位70人の富裕者の私財を合計すると、4931億人民元(約5兆4千億円)にのぼるが、535人のアメリカ上下院議員について、同じように上位70人の富裕者の私財を合わせても、480億ドル(約3800億円)にしかならないと、報じている。

 これは米中の1人当たり国民所得を較べると、アメリカが中国の10数倍であるから、途方もない巨額となる。もちろん、中国には政治家の財産を公表する制度がないが、日本の国会議員の私産を中国と較べてみたら、小沢一郎氏や、鳩山邦夫、由紀夫兄弟を含めても、貧しいものだ。

 ロンドン・タイムズ紙

 『ロンドン・タイムズ』紙によれば、中国トップの12の不動産会社は、すべて党最高幹部の子によって支配されている。巨額の利益を生む有料道路のオーナーの85%も、高官の子弟である。2010年に、中国で1600万ドル(約1億2800万円)以上の年収があった3220人の91%が、党幹部の子たちであったという。

 中華人民共和国は、巨大な同族会社のようなものだ。収賄、横領などの腐敗が日常茶飯事として、蔓延している。もっとも、これは数千年にわたる中国社会のありかただ。

 中国には、1千万人にのぼる公務員がいる。全員がこぞって上の真似をしているのは、不思議でない。中国には日本語のどこを探してもない「官禍」、「清官」という言葉が存在してきた。「清官」というのは、清潔な役人が今も昔もきわめて稀だったからだ。

 孔子の復権の意味

 高度経済成長が軌道に乗るにつれて、中華人民共和国において先祖返りが進んだ。毛沢東時代には「批孔」といって儒教を封建思想として、孔子を排撃し、全国にわたって孔子廟を襲撃して破壊した。
 
 ところが、いまでは政権が孔子を称えて、「孔子研究所」を全世界に輸出するようになっている。ノーベル平和賞の向こうを張って、「孔子平和賞」まで設けて、世界の物笑いになっている。
 
 毛沢東、カール・マルクス、孫文は、1851年から1864年にかけて清朝末期を揺さぶった太平天国の乱を、社会主義革命の先駆けとして賞讃した。

 太平天国の乱は私有財産を否定し、土地を平等に分配し、貧富の差をなくして、男女を平等にし、異民族である満族による支配である清朝を倒すことを標榜して、中国の中心部の18省のうち、14省を支配下に収めた。その後、政府軍によって討伐されて終息した。

 1979年の訪中

 私が中国に招かれて初めて訪れたのは、1979年のことだった。男女ともに全員が粗末な人民服を着て、貧しく平等だった。私は「太平天国の中国に来た」と、思った。

 毛沢東時代には、清朝の漢人の将軍で、「名教礼教(儒教の教え)を守れ」という大義名分を掲げて、太平天国の乱を討伐した曽国藩を裏切り者として非難していたのに、いまでは曽国藩を愛国者として称えている。       

 曽国藩はその功績によって、清朝から侯爵を賜った。現政権は反乱を恐れている。

 いまや、中国は儒教国家となった。マルクスを捨てて、孔子を崇めている。儒教は為政者が絶対に正しいという、統治思想である。共産党は特権を守ることに、汲々としている。
 
3月24日の産経新聞報道について
3月24日の産経新聞報道について

去る24日の土曜日に、産経新聞紙上で、当倶楽部が全面的に支援している「国家経営志士議員連盟」について、悪意に満ちた報道がされました。
これに対して同議員連盟は、衆参国会議員に対して下記の声明を発表しました。
私どもの意のあるところをお汲み取り頂き、引き続き「国家経営志士議員連盟」の活動へご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

一般社団法人 志士経営者倶楽部・事務局




衆参両院議員の皆様へ

去る3月24日、産経新聞紙上で、私たちが設立を進めている「国家経営志士議員連盟」について、「石原新党への布石」などと報道されました。
 私たちは、あくまでも、理念を共有する議員有志とともに、政策を研究、推進することを目的として設立しようとするものであり、報道されているように新党を目的としたものではまったくなく、ましてや本議員連盟設立に関して石原慎太郎氏と協議したことも接触したこともありません。また、消費増税に関して論議を目的とはしておりません。
新党などの他意はまったくないことを改めて表明いたします。
 各位におかれては、どうか事実に反する報道に惑わされることなく、私たちの議員連盟の設立にかける理念と目的に改めてご理解を賜り、ご参加くださいますようお願い申し上げます。


平成24年3月27日

  国家経営志士議員連盟
  呼びかけ人一同
    平沼赳夫、園田博之、海江田万里、下村博文、馳 浩、
    笠 浩史、加藤勝信、城内 実、柿沢未途、鷲尾英一郎、
    藤井孝男、金子洋一、森田 高、桜内文城 

【お問合せ】
鷲尾英一郎事務所
電話 3508−7650
内線 衆―70208 

国家経営志士議員連盟設立がいよいよカウントダウンに入りました!
国家経営志士議員連盟設立がいよいよカウントダウンに入りました!

かねてから準備を重ねてきた議員連盟の設立準備が整って参りました。
会長には、平沼赳夫衆議院議員の就任が内定し、海江田万里、下村博文、園田博之の各衆議院議員をはじめ、総数19名の衆参国会議員が呼びかけ人として設立準備を進めて下さっています。
事務総長に就任予定の鷲尾英一郎衆議院議員を中心に事務作業も順調に進捗しております。

議連事務局は志士経営者倶楽部内に置かれる予定となっており、当倶楽部としても全面的に協力して参る所存です。

今月28日には加瀬名誉理事宅で設立準備会と懇親会を開催し、いよいよ29日には参議院議員会館で設立総会を開催します。
党派を超えて、志士経営者倶楽部と志を共有している国会議員が結束して政治に当たって下さることは、心強い限りで、これまで準備に当たって下さった方々、また応援して下さった方々に心から御礼申し上げます。
詳細は早朝勉強会会場でご報告致します。

さて、月2回の開催ペースに入って、はじめての早朝勉強会を、以下の要領で開催します。
加瀬英明先生の、心に染みる講話を伺って、新たな気づきを得る機会となりますことと期待しております。
ぜひご参加下さい。
受付開始はいままで通り7:00スタートです。
くれぐれもお間違えないようお願い致します。


◆第96回 早朝勉強会(3月第2火曜日)
【日 時】 平成24年3月13日(火) 朝7:00〜9:00

◆第97回 早朝勉強会(3月第4火曜日)
【日 時】 平成24年3月27日(火) 朝7:00〜9:00

◆第98回 早朝勉強会(4月第2火曜日)
【日 時】 平成24年4月10日(火) 朝7:00〜9:00


【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住 所;東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話番号; 03-3287-2921
・東西線「竹橋駅」3b出口直結
 http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

【参加者】 倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】 3,500円(税込) (一般参加費)
      3,000円(税込) (会員参加費)
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

お間違えのないようにご注意ください。


【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348
次回の早朝勉強会は3月13日(火)です
次回の早朝勉強会は3月13日(火)です

今月より早朝勉強会が第2および第4の火曜日の月2回開催となります。
3月は3/13と3/27の予定です。

来週(3月6日)はお休みです。
お間違えのないようにお願いします。

また、新年度が始まる4月からイブニングセミナーを開始する予定です。
詳細が決まりましたらお知らせします。お楽しみになさってください。

【お問合せ】
一般社団法人 志士経営者倶楽部
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348

【加瀬コラム】建国記念日は国の基
 この冬は、26年振りの厳冬だという。

 豪雪に見舞われている方々を、心からお見舞したい。

 東日本や、北陸、北海道と較べて、東京は常春のようなものだ。米沢市の山のなかで雪によって閉ざされている、旅館の若女将から、年賀状を貰ったので、「東京に住んでいると、『雪もよ(が降るなか)に鴛鴦(おし)(おしどり)の浮寝』といった『源氏物語』のロマンチックな連想しかなく、申し訳ありません」と返事を投函して、詫びた。

 東京で生活をしているのに、私は知り合いに出会うたびに、「寒いですね」とついこぼしてしまう。

 もっとも、日本では挨拶がわりに天気について話題にするが、イギリス人に似ているのかもしれない。イギリス人は会うと、すぐに天気の話をする。はにかみ屋だから会話に取りかかるのに、ふさわしい話題がないので、まるで不文律のようにかならず天気から入ってゆく。社交の挨拶となっているが、日本人によく似ている。

 それでも、私は「寒いですね」というたびに、忸怩(じくじ)とする。

 幼い時から両親から「寒い」とか、「暑い」とこぼしてはならないと、教えられてきた。何についても、ちょっとでも不平を唱えると、叱られた。また何が美味しいとか、不味いとかいってはならないと、厳しく躾けられた。

 だが、腹が立つ。この原稿を書いている時点で、もう3日も4日も続けて、NHK総合テレビがチョコレートを取り上げて、2月14日の“バレンタイン・デー”とかへ向けて、チョコレート熱を煽っている。

 今朝の7時の総合テレビのニュースでも、記者とカメラマンを地球の向こう側のいくつかのチョコレートの産出国まで派遣して撮った興味本位の映像を、長が長がと垂れ流していた。

 それだったら、明日は日本が誕生した紀元節――「建国記念の日」だ。高千穂の霊峰や、御供田や、神宮や神社で神職や、巫女が紀元祭の準備にいそしんでいる姿を放映すべきなのに、そうすることがまったくない。

 「建国記念の日」は、国会が制定した祝日である。それを無視するのでは、公共放送の資格がない。

 戦争に敗れて日本全国が焼土と化した時に、アメリカ兵が疾走するジープのうえから、あとを追う日本の子供たちに、チューインガムやキャンディや、チョコレートを、面白がってばら撒いたものだった。

 それをきっかけにして、「ギブ・ミー・チョコレート」が、新しい日本の建国神話になったのだろうか。

 今日の日本で、チョコレートをこれ以上貪ることを煽り立てるのは、筋違いである。精神的健康にも悪い。それよりも建国記念の日にちなんで、消費が落ち込んでいる米や、日本酒を盛り立てたほうが、農民や酒造りに精をだしている同胞を、励ますことになろう。

 私はNHKを地上波の教育放送以外は解体して、民間に払い下げるべきだと思う。深刻な財政難に陥っている時に、日本放送協会を“仕分け”の対象にして、競売にかけて売却すれば、不相応な厖大な資産をかかえているから、国益にそうことになる。

 NHKの存在感とは

 娯楽が過剰な時代に、どうして国民から視聴料を徴収して、巨費を投入して“大河ドラマ”や、“紅白歌合戦”や、韓流ドラマをはじめとする娯楽を提供する必要があるのだろうか。浪費としかいえない。

 NHKのNは、日本の頭文字であるはずだが、日本の名にまったく値しない。

 なぜ、NHKを存続させて、高額な視聴料を半ば強制的に取り立てるのか。NHKを廃止して、その分を財源が枯渇している高齢者福祉に回すべきだと思う。

 放送大学を民営化して有料にするか、栄光ゼミナールや、くもん、ベネッセなどの豊かな巨大な学習塾がいくつもあるから、喜んで放送大学を買うのではないか。

 NHKはNHKエンタープライズや、NHK出版をはじめとする無数の下請企業を抱えているが、みな伏魔殿となっている。NHKのKは、日本の国富の「寄生虫」のKではないか。

 私はこの28年にわたって、ボランティアとして全国盲人写真展の会長をつとめてきた。10数年も前のことになるが、フィルムメーカーが協賛してくれたことがあった。

 すると、NHKエンタープライズから、協賛企業がNHKエンタープライズに要求額を支払えば、「NHKが写真展を取材、放映して、“さりげなく”協賛企業の名前を大映しにする」と申し入れてきた。私はその時から、NHKの視聴料金を納めることを拒んで、いまに至っている。

 NHKが「昭和天皇戦犯裁判」や、日本の台湾統治が残虐なものだったという、良識ある新聞や、雑誌だったら取り上げることがない、奇矯か、病的としかいえない偏向した番組を、しばしば放映してきたことはよく知られている。

 暴力団が「反社会勢力」と、呼ばれるようになっている。NHKも日本社会を蝕む、巨大な反社会勢力である。善男善女が視聴料を納めることによって、反社会勢力を幇助しているのだからおぞましい。

 日本の神話は比類のない独特なものだ

 建国記念の日に戻れば、初代の天皇の即位を祝う日である。天皇が日本国民の精神的安定を支えていることに異を唱える者は、少ないはずだ。

 天皇がいない日本は、和を失って、中国や朝鮮と変わらなくなってしまおう。

 日本神話は、世界の諸民族の神話と較べて、比類のない独特なものだ。

 他の神話の最高神は絶対権力を握って独裁しているが、天照大御神は天の岩屋戸の物語をとっても、最高の権威であっても、権力を振うことがない。日本の神々はいつも額を集めて、相談している。これは、日本の国柄を現わしている。

 天上から天津神(あまつかみ)が降りてくると、それまで日本列島に住んでいた国津神(くにつかみ)と、共生する。仏教が渡来すると、神道と互いに排斥することなく習合した。

 7世紀に聖徳太子が『17条憲法』を公布したが、第10条は「自分だけが賢いと思ってはならない。人にはそれぞれの思いと、考えがある」と、諭している。

 「独り治むるべからず。民の扶けを待つ」

 その41年後に大化改新が行われると、皇極天皇が詔勅を発して、「独り治むるべからず。民の扶けを待つ」と述べている。日本は、和の民なのだ。

 日本を束ね、その国柄の中核として、皇室が存続してきた。天皇が日本国民の絆をしっかりと支えていることが、昨年の東日本大震災によっても明らかになった。

 今上天皇は125代目に当たるが、125人の天皇のなかで、1人として贅に耽った天皇が存在しないのも、他国ならまったく考えられないことである。

 日本は世界に誇れる独自の文化と、歴史を持っている。それが、日本の力となってきた。それなのに、先の大戦に敗れてから、あの敗戦の日以前の歴史を捨ててしまった。

 多くの日本国民がアメリカは230年あまりの歴史しかなく、歴史が浅い国だといって軽蔑する。だが、日本は67年以前の歴史を捨ててしまったから、世界のなかでもっとも歴史が浅い国となっている。日本は根のない国となっている。

 歴史は一国の魂である。いまの日本は魂を失って、抜け殻のような国となっている。

 独立国は自国の歴史と文化を、誇りにしなければならない。占領下でチョコレートと魂を交換してしまったのでは、この国を守り盛り立ててきた先人たちに対して、申し訳ない。 

 人も国も自尊心を失っては、立ち行かない。

2/28(火)早朝勉強会のご案内です。

今回ご出席いただくゲストは日本創新党党首で今年1/26より大阪市特別顧問に就任された山田宏氏です。
政界再編の台風の目にもなりかねない橋下大阪市長の本音や、ご自身の政治にかける熱意を聞くことができると存じます。
皆様のご参加をお待ちしております。
なお、名誉理事・加瀬英明先生は今回、地方出張のためお休みです。

■山田宏 氏(日本創新党党首、大阪市特別顧問)
・1958年生まれ 京都大学法学部卒 松下政経塾2期生
・1985年7月〜東京都議会議員 選挙区 杉並区選挙区 当選回数 2回
・1993年〜衆議院議員 選挙区 旧東京4区 当選回数 1回
・1999年4月〜2010年5月 東京都杉並区長 当選回数 3回
・2010年4月18日より地方自治体の首長経験者らで日本創新党を結成、党首に就任。
・2012年1月26日より大阪市特別顧問に就任。

著書に『第3の道 日本人が豊かに暮らせるための答え(マガジンハウス)、
『日本よい国」構想 ―豊かで、楽しく、力強い日本を!』(ワック)、
『住民税が安くなる!?「減税自治体」実現への道』(ぎょうせい)など。
(山田宏氏WEB)http://www.yamadahiroshi.com/


なお、来月より早朝勉強会が第2および第4の火曜日の月2回開催となります。
(3月は3/13と3/27の予定です)。
また、来月よりイブニングセミナーを毎月開催する予定です。詳細が決まり次第、ご案内
いたします。

すでにご連絡しておりますが、先週の勉強会より早朝勉強会開会を15分繰り上げて7:15スタート
になりました。受付開始はいままで通り7:00スタートです。
くれぐれもお間違えないようお願い致します。

【日 時】平成24年2月28日(火) 朝7:00〜9:00

【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住所 東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話 03-3287-2921
http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

●東西線「竹橋駅」3b出口直結

【参加者】倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】
3,500円(税込)一般参加費
3,000円(税込) 志士経営者倶楽部会員特別価格
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

【課 題】
課題書籍「自分を最高に高める頭の使い方」(加瀬英明著/本体価格600円) 以上の書籍のうち、2月14日勉強会では第5章『このユダヤ式『発想転換法』があなたの運をよくする!2』(p210〜p219)までをよく読んで頂き、ご参席を宜しくお願い致します。

※事務局でも書籍をご準備致します。

※今後の勉強会
◆第96回 早朝勉強会(3月第2木曜日)
成24年3月13日(火) 朝7:00〜9:00

【お問合せ】
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348


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第94回早朝勉強会(2/21)のご案内。 今回は山口洋一元大使に講話いただきます。
2/21(火)早朝勉強会のご案内です。

今回より名誉理事・加瀬英明先生の講話に加えまして毎回、講話をいただくゲストを
お招きいたします。

来週の早朝勉強会は山口 洋一氏(元 マダガスカル/トルコ/ミャンマー大使)に
講話をいただくことになりました。
講話内容は「公正不偏の視点から世界をとらえる〜思い込みの世界史〜」です。
近著には『歴史物語ミャンマー』(上)(下)(カナリア書房)があります。
英米の傀儡になっているアウン・サン・スーチー女史のいかがわしさを最初に
指摘した方です。

■山口 洋一 氏(元 マダガスカル/トルコ/ミャンマー大使)
1937年生まれ。1960年外務省に入省。
1981年ユネスコ常駐代表(パリ)、マダガスカル/トルコ/ミャンマーの大使を歴任。
1998年退官
2005年まで、慶應義塾大学で東洋史の非常勤講師。
現在はNPOアジア母子福祉協会理事長、日本・トルコ協会副会長など、国際文化交流
やアジアの国々への支援事業。
著書に『マダガスカル −アフリカに一番近いアジアの国』
『トルコが見えてくる』(以上サイマル出版会)『ミャンマーの実像』
『<思いこみ>の世界史』『敗戦への三つの〈思いこみ〉』
(以上勁草書房)『腑抜けになったか日本人』(文芸社)など。

次に、来月より早朝勉強会が第2および第4の火曜日の月2回開催となります。
(3月は3/13と3/27の予定です)。
また、来月よりイブニングセミナーを毎月開催する予定です。詳細が決まり次第、ご案内
いたします。

すでにご連絡しておりますが、先週の勉強会より早朝勉強会開会を15分繰り上げて7:15スタート
になりました。受付開始はいままで通り7:00スタートです。
くれぐれもお間違えないようになさってください。

【日 時】平成24年2月21日(火) 朝7:00〜9:00

【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住所 東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話 03-3287-2921
http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

●東西線「竹橋駅」3b出口直結

【参加者】倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】
3,500円(税込)一般参加費
3,000円(税込) 志士経営者倶楽部会員特別価格
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

【課 題】
課題書籍「自分を最高に高める頭の使い方」(加瀬英明著/本体価格600円) 以上の書籍のうち、2月21日勉強会では第4章『ユダヤ人の「自己鍛練法」〜きわめて合理的で楽観的〜2・3』(p180〜p195)までをよく読んで頂き、ご参席を宜しくお願い致します。

※事務局でも書籍をご準備致します。

※今後の勉強会
◆第95回 早朝勉強会
成24年2月28日(火) 朝7:00〜9:00

【お問合せ】
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348


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第93回早朝勉強会(2/14)のご案内
2/14(火)早朝勉強会のご案内です。

今回の勉強会より早朝勉強会開会を15分繰り上げて7:15スタートになります。
なお、受付開始はいままで通り7:00スタートです。
お間違えないようになさってください。

【日 時】平成24年2月14日(火) 朝7:00〜9:00

【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住所 東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話 03-3287-2921
http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

●東西線「竹橋駅」3b出口直結

【参加者】倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】
3,500円(税込)一般参加費
3,000円(税込) 志士経営者倶楽部会員特別価格
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

【課 題】
課題書籍「自分を最高に高める頭の使い方」(加瀬英明著/本体価格600円) 以上の書籍のうち、2月14日勉強会では第4章『ユダヤ人の「自己鍛練法」〜きわめて合理的で楽観的〜1』(p162〜p179)までをよく読んで頂き、ご参席を宜しくお願い致します。

※事務局でも書籍をご準備致します。

※今後の勉強会
◆第94回 早朝勉強会
成24年2月21日(火) 朝7:00〜9:00

【お問合せ】
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348


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第92回早朝勉強会(2/7)のご案内
2/7(火)早朝勉強会のご案内です。

【日 時】平成24年2月7日(火) 朝7:00〜9:00

【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住所 東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話 03-3287-2921
http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

●東西線「竹橋駅」3b出口直結

【参加者】倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】
3,500円(税込)一般参加費
3,000円(税込) 志士経営者倶楽部会員特別価格
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

【課 題】
課題書籍「自分を最高に高める頭の使い方」(加瀬英明著/本体価格600円) 以上の書籍のうち、2月7日勉強会では第3章『なぜユダヤ商法は稼げるのかー緻密な計算と誠意3・4』(p135〜p159)までをよく読んで頂き、ご参席を宜しくお願い致します。

※事務局でも書籍をご準備致します。

※今後の勉強会
◆第93回 早朝勉強会
成24年2月14日(火) 朝7:00〜9:00

【お問合せ】
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348


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【加瀬コラム】日本イスラエル国交樹立60周年に寄せて
今年は、日本と新生イスラエルが国交関係を樹立してから、六十周年の節目の年に当たる。
日本とイスラエルはおよそ距離にして九千キロ離れているが、日本の存在がアジア太平洋の平和の礎となっているように、イスラエルが中東の平和と安定を支えている。
両国は生い立ちから文化まで大きく違っているが、共通点が多いことに驚かされる。
日本民族とユダヤ民族は、道徳性がきわめて高く、勤勉で、教育を重んじ、歴史を通じて創造力に富んできた。
そのために、西洋の白人・キリスト教徒が世界にわたって覇権を握るなかで、ユダヤ民族が近代に入ると、それまで閉じ込められていたゲットー(ユダヤ人街)から解放され、日本民族は十九世紀後半になって鎖国を解いて国際社会に加わると、この二つの民族だけが白人に負けない、目覚ましい興隆を遂げた。
日本民族とユダヤ民族は、いわれない差別を蒙ってきたために、差別のない平等な世界を創ることを希求して、力を盡した。今日、人種平等の世界が呼び寄せられて、アジア・アフリカの時代の幕が上がったのは、両民族に負うものである。
日本が〃和の民族〃であって、専制や独裁を嫌って、つねに合議制をとってきたのに対して、ユダヤ人も同じようにゲットーや村落において、合議による自治を行なってきた。日本では武家よりも庶民が、自由で豊かな生活を営んでいた。日本とユダヤ人社会では、西洋や、中国、朝鮮をはじめとする諸国にみられた厳しい階級差別が、存在しなかった。
両民族は何よりも学ぶことを重んじて、科学技術と富の創出を通じて、人類の発展に大きく貢献してきた。
私は昭和天皇にお仕えした入江相政侍従長と親しかったが、昭和天皇は新任のイスラエル大使が信任状を奉呈するたびに、あの独特なご口調で、「日本はユダヤ民族に対する感謝の念を、けつして忘れません」と仰言った。
日露戦争に当たって、ユダヤ民族だけが日本を援けて、戦費の半分近くを賄った。
日本は人種平等の理想を掲げるとともに、ユダヤ民族への恩義にこたえ、世界のなかで日本だけが、前大戦前夜に満州、あるいは東ヨーロッパにおいて、多くのユダヤ人難民をナチス・ドイツのおぞましい迫害から救った。
両国が協力関係をいっそう強めてゆくことを、願いたい。

2/8夜「志士経営者倶楽部・ラジオで元気!」オンエアー
新年から放送を開始した当倶楽部のラジオ番組「志士経営者倶楽部・ラジオで元気!」が
2月8日午後8時20分より放送されます。
ぜひ御聴取ください。
本日の番組は竹田恒泰先生が出演して熱く語ります。


■1134KHz 文化放送
毎週水曜日 午後8時20分〜35分
「志士経営者倶楽部・ラジオで元気!」

●インターネットの場合
 http://radiko.jp/
●スマートフォンの場合
 下記より対応アプリのダウンロードが可能です。
 http://radiko.jp/#
どうぞよろしくお願いします。


〜これからの番組出演者〜
2月08日(水) 竹田恒泰先生
2月15日(水)  菅家一比古先生
2月22日(水)  菅家一比古先生


〜いままでの番組出演者〜
1月04日(水)  柳瀬公孝理事長
1月11日(水)  柳瀬公孝理事長
1月18日(水)  加瀬英明先生
1月25日(水)  加瀬英明先生
2月01日(水)  竹田恒泰先生

第91回早朝勉強会(1/31)のご案内
1/31(火)早朝勉強会のご案内です。

【日 時】平成24年1月31日(火) 朝7:00〜9:00

【会 場】KKRホテル東京(旧竹橋会館)11階「孔雀の間」
住所 東京都千代田区大手町1丁目4−1
電話 03-3287-2921
http://www.kkr-hotel-tokyo.gr.jp/000/access.html

●東西線「竹橋駅」3b出口直結

【参加者】倶楽部会員の他、会員紹介のゲスト、有識者、会社経営者及び経営者を志望する方並びに空手(空眞流)メンバーなど、毎回50〜60名が参加

【参加費】
3,500円(税込)一般参加費
3,000円(税込) 志士経営者倶楽部会員特別価格
*当日、会場受付に各自現金でお支払い下さいますようお願い致します。

【課 題】
課題書籍「自分を最高に高める頭の使い方」(加瀬英明著/本体価格600円) 以上の書籍のうち、2月7日勉強会では第3章『なぜユダヤ商法は稼げるのかー緻密な計算と誠意3・4』(p135〜p159)までをよく読んで頂き、ご参席を宜しくお願い致します。

※事務局でも書籍をご準備致します。

※今後の勉強会
◆第92回 早朝勉強会
成24年2月7日(火) 朝7:00〜9:00

【お問合せ】
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348


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【加瀬コラム】日本の状況の劣化を嘆く
年末に、日頃敬愛している伊藤玲子先生が、私の仕事場をたずねて下さった。偶然その時に、親しい友人で、女優の村松英子さんが寄ってくれていたので、3人で来年こそは、日本を立ち直らせなければならないと、意見を交わした。

 私はもう何諸Nになろうか、日本を憂うる同志と、この国に正気をふたたび宿らせるために戦ってきたが、日本の状況が年を追うごとに劣化していると、嘆いた。

 「もう、20年も前のことになりますが、私はある夜、11時ごろに新宿にいました。どこを見ても、若い男女が頭を茶髪や金髪に染めて、遊び呆けていました。私はその時に、ふと先の大戦で生命を捧げた御英霊が日本に凱旋して、失われた青春を取り戻そうとして、若者の姿をかりて遊んでいるにちがいない、しかし、日本が危機に見舞われる時には、これらの若者たちもきっと日本を護るために、立ち上がってくれるだろうと、思いました。

 私たちに与えられた仕事は、日本が万一、危機に直面する場合に、国民の国を愛する精神を高く燃えあがらせるために、火種をつねに絶やさないことです。火種は勢いがよいほど、役に立ちます。それが、私たち保守陣営の使命だと、思います」と、いった。

 伊藤先生も、村松さんも、大いに賛成してくれた。2人の麗人が「“火種の会”をつくりましょうよ」と、身を乗り出した。

伊藤先生は85歳になられるのに、この国を守るために、沖縄から北海道まで奔走されている。私たちも伊藤先生に従って、日本を蘇生させるために、渾身の力を振りしぼらなければならない。私の新年の誓いである。

 じきに梅の蕾が開く。誰が作者なのか忘れたが、「火種ない家を守るか梅の花」という句があった。

 日本が火種のない空き家になってはなるまい。

 

12月15日 第6回 ビジネス交流会を開催いたします。
【元メリルリンチ証券副会長で代議士の網屋信介氏が、“生き残る術”を熱く語ります!】

前回のビジネス交流会では募集100名に対して123名の方のご参加を頂きました。また定数オーバーでお断りした方には大変垂オ訳ございませんでした。
今回は会場を300名収容の場所に変えて皆様にご案内致します。
前回の参加者からは、「ショートプレゼンで交流しやすくなった」「参加者の熱気が伝わってくるようだった」などの感想を頂きました。
今回も、元気が出る交流会になるよう準備して参ります。

さて、今回の講師である網屋信介氏は、メリルリンチ証券副会長兼投資銀行本部会長として、また上場企業であるNISグループの代侮謦ニして数多くの投資や経営改善、事業再生に取り組んできました。
その中で特に学んだことは「生き残ること!」
いかにして企業を生き残らせてきたのか。今回の交流会では網屋氏の「生き残りの術」を学びます。また、前回好評だった「60秒プレゼン」も30名様に拡大して行います。どしどしお垂オ込み下さい。

後半は交流会です。志を共にする同志との出会いと士気を高める場としてご活用ください。

本会は、来年2月に500人大会、4月に1000人大会、6月には3000人大会、9月には10000人大会を嵐閧オており、国を変える運動の基盤を盤石化を図ると共に、集いし経営者はみんなの財産となり、共に多くの付加価値を創造し生産する基盤となります。

是非ともみんなで輪を広げ、多くの方々の参加を得て共有の大きな資産として拡大出来ればと存じます。

尚、先回発葡vしました、三位一体ゴールデン法案(増税に依らない財源確保・戦略的産業への投資と支援、国民を年齢制限なく生涯に亘って雇用するという三つの法案)の内容説明小冊子を、当日会場で皆様へお配りする嵐閧ナす。

志士経営者倶楽部ビジネス交流会は

1.志を深め温め合う場!!
2.経営の成功例を学び元気に士気を高める場!! 3.志を共にする同志と交流を深め、ビジネスの付加価値を創造する場!!

みんなで国難を克服するために相集い、今こそ立ち上がりましょう!!

第6回 ビジネス交流会

日 時 12月15日(木)午後5時30分開場 6時開会 9時30分終了嵐

会 場 海運クラブホール2階
〒102-0093 東京都千代田区平河町2-6-4 海運ビル Tel.03-3264-1825 
東京メトロ 半蔵門線・有楽町線・南北線「永田町」4、5番出口より徒歩1分
東京メトロ 銀座線・丸の内線「赤坂見附駅」D(弁慶橋)出口より徒歩5分
駐車場 地下1・2階駐車場(50台収容可煤j

定 員 限定300名(先着順)

講師 網屋信介氏
(元メリルリンチ証券取締役副会長・兼・投資銀行本部会長/衆議院議員・衆議院財務金融委員会理事、)

テーマ「いかにして生き残るか... 生き残る術を知る!!」

参加費 6000円(懇親会費を含む)

ビジネス交流会案内
ダイヤモンド12月15日広告.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント [2.9 MB]
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参加お申し込み先
氏名、勤務先、役職、住所、電話番号、FAX番号もしくはe-mailをご記入の上、下記のいずれかへお申し込み下さい。
〒102-0092 千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル6F  電話03-6272-3304 FAX03-3261-3348
WEBからのお申込みはこちら > >

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